【追悼】李登輝さんに報いる私の宿題|金美齢

【追悼】李登輝さんに報いる私の宿題|金美齢

2020年7月30日、李登輝元台湾総統が亡くなりました。97歳でした。「台湾民主化の父」と言われ、また親日家でもあった李登輝さんへの、同じ志をもって台湾独立を掲げる金美齢さんの追悼記事です。(初出:月刊『Hanada』2020年10月号)


「日本政府の肝は小さい!」

一方、李登輝さんが総統を引退したあとは遠慮する必要がなくなったので、たびたびお会いする機会がありました。かなり長いお付き合いになりましたが、そうしたなかでとても印象的だったのは、李登輝さんを学園祭「三田祭」にお招きし、講演をお願いしたいという慶應義塾大学の学生からの相談を受けた時のことです。

李登輝さんのお話を聞きたいと思い、自分たちで方策を模索しているという学生たちの気宇壮大な志に感心した私は、手伝うことを約束しました。最初は2000年夏、「経済新人会」というサークルの学生たちでした。

しかし、当時は李登輝さんが同年5月に総統を退いた直後だったこともあり、李登輝さんから丁重な断りの手紙をいただきました。

その次は2002年。同じく「経済新人会」の学生たちが再チャレンジし、私は学生たちと一緒に李登輝さんに会いに行きました。今度は李登輝さんからの快諾を得たのです。日本の学生たちが「李登輝さんの話を聞きたい」と言って台湾までやってきてくれたことに、李登輝さん自身が心から喜んでいる様子でした。

ところがこの時、産経の阿比留瑠比さんに「李登輝来日か」と抜かれ、結果的には政府や外務省からつぶされることになってしまったのです。安倍晋三さんはこの時、自民党の副幹事長だったので自由に動けませんでしたが、自民党の中川昭一議員が相当頑張って、「李登輝来日実現」を掛け合ってくれました。しかし、強硬に反対した外務官僚の田中均氏をはじめとする「媚中勢力」の圧力に競り負けてしまったのです。

さらには当の慶應の教授までもが、「台湾に掛け合うなら学生たちは自分を通すべきだった」とでも言わんばかりの圧力をかけて、こうした「来日つぶし」の一端を担ったのです。

学生たちの気宇壮大な志に比べ、政治家や官僚ら大人たちの肝っ玉の小さいこと。この件に限らず、李登輝さんは総統在任中から退任後を含めて、十数年にわたって訪日ビザが出ないという憂き目に遭わされました。

李登輝さんはかつて、中国に阿って自身の訪日を阻止し続けてきた日本に対し、「日本政府の肝っ玉はネズミより小さい」とおっしゃったことがありますが、まさにそうした「媚中外交」が、近年まで延々と続いていたのです。

「尖閣は日本領」と明言

日中国交正常化以降、つまり「日華断交」以降、近年に至るまで続いた日本の「台湾外し」の風潮のなかで、日台関係の深化に努めたのが李登輝さんであり、日本側では現代中国政治を専門とする学者の中嶋嶺雄さんでした。

1989年には、日台間で交互にシンポジウムを開催するアジア・オープン・フォーラムを開始。中嶋さんが音頭を取り、台湾側は当時総統だった李登輝さんが直接顔を出すわけにはいかないので別の人を代表に立て、実業家の許文龍さんが出資する形で毎年開催されていたのです。

中嶋さんによれば、当時は相手が台湾だと聞いただけで引いてしまった人もいたといいます。

最後となった2000年には中嶋さんの故郷、松本市で開催することになり、総統を退任した李登輝さんをお招きすることになって松本で最も大きな会場を押さえていたにもかかわらず、この時も日本政府が李登輝さんのビザを出さなかった。会場はガラガラ。私も全フォーラムのうち後半の四回はお招きを受けており、松本にも行きましたが、ガラガラの会場を見て実に寂しい思いをしました。

しかし、中嶋さんのような心ある人々の努力によって、日台関係は途切れることなく続き、いまに至っています。

最大の契機は2011年、日本が東日本大震災という災禍に見舞われた際、最も大きなエールと最も多額の義援金を贈ったのが台湾だったのです。これにより、台湾は外交問題等に興味のない一般の日本国民にも「自分たちに親しみを持ってくれる近隣国があるじゃないか」と気付かせる結果になったのです。

もちろん、それ以前から、李登輝さんをはじめとする台湾の「日本語世代」が、日本に肯定的な情報を発信していたことも下地としてありました。中国や韓国から戦前の日本は悪であるという非難の声ばかりぶつけられてきたなかで、台湾から「悪いことばかりではなかった」という声が上がったことは日本人を勇気づけましたし、特に李登輝さんが日本人に「もっと胸を張りなさい」とエールを送り続けてきたことは、多くの日本人に多大な影響を与えました。

そうした台湾からの声が日本に届き、日台関係は少しずつですが、前進してきたのです。

李登輝さんの日本へのエールのなかでもいちばん驚いたのは、李登輝さんが「尖閣は日本領だ」と明言したことです。2002年、沖縄タイムスのインタビューに対し「尖閣は日本領」と述べ、同年に私が『SAPIO』誌上で対談した際にも、詳しく論拠を挙げて「尖閣は日本領である」と述べ、以降も李登輝さんは事あるごとに「尖閣は日本領」と明言してきました。

もちろん李登輝さんは歴史的な文献に目を通し、フェアな判断としてそうおっしゃったのでしょうが、台湾には「尖閣は台湾領だ」と主張する人たちもいるなかで、これはかなり勇気のいる発言でした。

しかもこの発言は、のちに安倍総理との関係で実際の政治を動かすことにつながっていったのです。

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