争点は対中関係だけではない
台湾総統選は、民進党の頼清徳氏の勝利で幕を閉じた。選挙を経るごとに日本での関心も高まっていて、今回の選挙でも報道各社がリアルタイムに近い形で開票速報を報じていたのが印象的だった。
その理由は第一に台中関係であり、その背景にある米中対立の高まりだが、台湾の有権者にとっての争点はもちろんそれだけではなく、民進党政権の総合的な評価であり、外交・安全保障だけでなく経済政策や民進党議員に関するスキャンダルへの査定という面も大きな要素になっていたようだ。同時に選挙が行われた立法院では民進党が過半数を割ったのも、そうした査定の結果といえる。
台湾の選挙はダイナミックで、有権者は政治に対してかなり厳しい目を持っているとも言われる。「民進党びいきだから、常に民進党に入れる」という惰性的な投票行動ではなく、改心を促すためにあえて対立陣営に投票するというようなことも珍しくないという。
事程左様に、親しみのある隣国・台湾であっても、知っているつもりで知らないことは山のようにある。特に保守派にとっては身近な台湾だが、はたして台湾をどの程度知っているのか、その認識は実態に即しているのか。
そんなことを確認できるのが、野嶋剛『台湾の本音――〝隣国〟を基礎から理解する』(光文社新書)だ。
野嶋氏は中国・香港・台湾に留学し、朝日新聞入社後には台北支局長を務めたこともある、現在はフリーのジャーナリスト。「朝日新聞」が引っ掛かる読者もおられるかもしれないが、そこはご安心頂きたい。台湾独立派の重鎮中の重鎮、金美齢さんが「朝日新聞で唯一信頼できる記者」と太鼓判を押す人物なのだ。
そんな野嶋氏が「そこからですか」の基本のキから、優しい語り口で台湾を紐解くのが本書である。
なぜ国民党は中国共産党と親しいのか
基本のキゆえに、台湾に詳しい人であれば言わずもがなの内容と思える部分も少なくないかも知れない。しかしそんな中にも、「え、そうだったの?」と情報が更新される記述に出会うはずだ。
例えば1958年、中国が台湾の金門島を砲撃した「第二次台湾海峡危機」が、「戦後初めて世界が核戦争に近づいた事態」と捉える見方もあるという。差し迫った核戦争の危機と言えば1962年のキューバ危機が真っ先に浮かぶが、実はアメリカはソ連への核攻撃よりも前に「台湾が攻撃されたら、中国本土を核攻撃する」計画を持っていたという。
また、いまいち理解しきれていなかったのが、台湾における国民党の立ち位置だった。「かつては共産党と骨肉の争いを経て台湾に渡り、大陸反抗まで画策していた国民党が、なぜ今、対中融和的(中国共産党に接近)なのか」という点だ。
端的に言えば、これは「第三次国共合作」ゆえだという。国共合作とは、敵同士だった国民党と共産党かつて軍閥打倒、日本打倒のために手を組んだことを指す。その三度目の「合作」が、国民党の連戦党首を中国政府が北京に招いた2005年の出来事だというのだ。
なぜそんなことが可能になったのか。「共産党も国民党も、目的のためには手段を選ばないという姿勢ゆえか」と思ってしまいそうになるが、実はそこには日本人が勘違いしている構図があるという。
野嶋氏は〈国民党は反共=反共産主義ではあるけれども、反中=反中国ではありません〉と述べる。ここだけ読めば「え? だって共産主義と現在の中国は一体のものでしょ?」と思うのだが、そのあたりの国民党・共産党の論理がどのようなものかは、ぜひ本書でご確認いただきたい。