【追悼】李登輝さんに報いる私の宿題|金美齢

【追悼】李登輝さんに報いる私の宿題|金美齢

2020年7月30日、李登輝元台湾総統が亡くなりました。97歳でした。「台湾民主化の父」と言われ、また親日家でもあった李登輝さんへの、同じ志をもって台湾独立を掲げる金美齢さんの追悼記事です。(初出:月刊『Hanada』2020年10月号)


Getty logo

リーダーかくあるべし

蔡英文が再選し、台湾がコロナに打ち勝ち、世界に「民主台湾」をアピールした姿を見届けたかのように、李登輝さんがお亡くなりになりました。97歳、大往生です。

いまは、その死や不在を悲しむよりも、彼の功績を振り返るとともに、台湾と日本の間にこれほど器の大きい人物がいたことの幸運を改めて思い返すべきではないでしょうか。

私が李登輝さんに初めてお会いしたのは、彼が現役の総統だった頃です。国民党の副総統だった李登輝さんが、1988年の経国総統の死によって総統代理を務めることになり、次に総統直接選挙を控えているという時期でした。

台湾で主だったロータリークラブが講演会を企画し、李登輝さんの話を直接聞いて、次の総統選挙で支持するかどうか決めようじゃないか、というのが主催者の狙いでした。主催者から私にも連絡が入り、「もし日本から来られるなら、席を用意します」と言うので、慌ててフライトをとりました。李登輝さんという人がどんな人なのか、この目で確かめたいという思いがあったのです。

いまでこそ李登輝さんは「台湾民主化の父」と呼ばれ、台湾独立を掲げる私と同じ志を持っていることが広く知られていますが、当時はあくまでも「国民党の総統」。私にとっては、散々辛酸をなめさせられた敵である国民党の人間だ、という思いもわずかですがありました。

しかし一方で、李登輝さんに強い興味も持っていました。その最も大きな理由は、『週刊朝日』誌上での司馬太郎さんとの対談です。「台湾人に生まれた悲哀」という言葉を使い、「出エジプト記」を引いて台湾の命運を語った李登輝さんに、「台湾人」としてのアイデンティティを感じてもいたのです。

いまも印象に残っているのは、講演での李登輝さんの力強い発言でした。当時は民主的な選挙を行うという台湾に対し、中国からの圧力が日増しに高まっている状況でした。しかし李登輝さんは、「何も心配しなくていい。脚本はもう十数本、できている。相手が何を仕掛けてきても対応できますから、皆さんは安心してください」と、あの大きな体で両手を広げて聴衆に語り掛けたのです。

私はこの講演を聞いて、「リーダーとはかくあるべきだ」と感じました。当時はまだそれほど軍拡が進んでいなかったとはいえ、中国は何をしてくるかわからない怖さを持っていました。実際、選挙をやめさせようとミサイル演習で台湾を威嚇してもいます。当然、国民は恐怖を感じる。

それに対して、リーダーとして国民に何を言えば安心させられるかをよくわかっていて、そうおっしゃった。

総統在任中は会わない

李登輝さんは講演中、目の前の席に座っている私を指して「金美齢さんもご存じのように」などというアドリブを交えてお話をされていました。反体制派、反国民党、独立派で知られている金美齢がわざわざ日本からやってきて李登輝さんの話を聞いている、ということの意味を話に滲ませる意味があったのでしょう。

こうした李登輝さんの言動から感じた、李登輝さんのなかにある「台湾人としてのアイデンティティ」を重んじ、私は総統選挙では李登輝さんを支持すると明言しました。すると、独立派の仲間からは散々に批判されました。「なぜ、台湾人を苛め抜いた国民党の候補を支持するんだ」 「晩節を汚す気か」というわけです。

しかしあの当時、台湾に必要なのは李登輝さんでした。しかも、国民党の票だけで当選するのではなく、「台湾人」が支持した総統として送り出さなければならない。いまとなれば、その判断が正しかったことは誰が見ても明らかですが、当時は独立派、あるいは本省人の間でも葛藤があったのです。

当選後、李登輝さんからは何度も「会いたい」という連絡をいただきましたが、私は一切、お断りしていました。もしここで李登輝さんと会ってしまえば、「権力に近づきたくて李登輝を支持したんじゃないか」 「ポスト欲しさに転向したんじゃないか」と言われかねないからです。奥様の曾文恵さんからも「私ならお会いしてもいいんじゃないか」と連絡をもらいましたが、それでも答えはNO。

一度台湾を訪れた時に、実業家の許文龍さんの不意打ちに遭い、無理やり連れていかれた夕食の席で李登輝さんとご一緒したこともありましたが、それ以外は李登輝さんが総統を退くまで、個人的な付き合いはすべてお断りしてきました。後ろ指をさされないためには、そのくらい気を遣わなければならないのです。

関連する投稿


中国、頼清徳新総統に早くも圧力! 中国が描く台湾侵略シナリオ|和田政宗

中国、頼清徳新総統に早くも圧力! 中国が描く台湾侵略シナリオ|和田政宗

頼清徳新総統の演説は極めて温和で理知的な内容であったが、5月23日、中国による台湾周辺海域全域での軍事演習開始により、事態は一気に緊迫し始めた――。


【読書亡羊】「台湾認識」のアップデートはお済みですか?  野嶋剛『台湾の本音』(光文社新書)

【読書亡羊】「台湾認識」のアップデートはお済みですか? 野嶋剛『台湾の本音』(光文社新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする2024年最初の時事書評!


ウイグルの自由と独立のためともに闘う!|和田政宗

ウイグルの自由と独立のためともに闘う!|和田政宗

中国政府は「ウイグル人はテロリストでテロ組織に属している」という主張を展開し、「ウイグル人は中国国内において弾圧されていない」という世論工作活動を世界各地で展開している――。(サムネイルは日本ウイグル協会Xより)


【読書亡羊】中国軍人の危険な書、なぜ「台湾統一」の項は削除されたのか  劉明福『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)

【読書亡羊】中国軍人の危険な書、なぜ「台湾統一」の項は削除されたのか 劉明福『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者とは何者か|石井陽子

イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者とは何者か|石井陽子

米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。


最新の投稿


【今週のサンモニ】反原発メディアが権力の暴走を後押しする|藤原かずえ

【今週のサンモニ】反原発メディアが権力の暴走を後押しする|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

【読書亡羊】「時代の割を食った世代」の実像とは  近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】臆面もなく反トランプ報道を展開|藤原かずえ

【今週のサンモニ】臆面もなく反トランプ報道を展開|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

トランプ再登板、政府与党がやるべきこと|和田政宗

米国大統領選はトランプ氏が圧勝した。米国民は実行力があるのはトランプ氏だと軍配を上げたのである。では、トランプ氏の当選で、我が国はどのような影響を受け、どのような対応を取るべきなのか。


【今週のサンモニ】『サンモニ』は最も化石賞に相応しい|藤原かずえ

【今週のサンモニ】『サンモニ』は最も化石賞に相応しい|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。