著者インタビュー|高樹のぶ子『小説伊勢物語 業平』

著者インタビュー|高樹のぶ子『小説伊勢物語 業平』

千年読み継がれてきた歌物語の沃野に分け入り、美麗な容貌と色好みで知られる在原業平の生涯を日本で初めて小説化。「古典との関わり方として、私は現代語訳ではなく小説化で人物を蘇らせたいと思ってきました」(「あとがき」より)という著者に業平の魅力などを語っていただきました!


──妻(和琴の方)の父、つまり業平の義父である紀有常は妻が出家してしまって寂しくしている。しかも零落していた有常は、妻に衣一つ送ってやれないと嘆いているのを知って、業平はすぐに衣や寝具に歌を添えて贈っています。

高樹 業平の心配りは自身の利益や世渡りを考えてのことではなく、誰かが寂しい思いをしていたら、何とか慰めてあげたいという心ゆえ。人間に対する情の濃い人だった。

──有常も思わず、「有難くて私の袖も涙に濡れています」と歌を返しています。業平もそうですが、この時代の男性はよく「袖を濡らし」ますね。

高樹 泣いてもサマになる男、というのは今も昔も限られているのでしょうけれど(笑)、業平はサマになったんでしょうね。

『源氏物語』の光源氏もよく泣くのですが、『伊勢物語』から約100年後に書かれた『源氏物語』は、『伊勢物語』と業平を参考にして書かれたとされていて、たしかにずいぶん重なるところがある。

たとえば、『業平』では「若草」の章に当たりますが、兄妹のような関係にあった幼い少女、恬子内親王に業平が箏の手ほどきをする場面があります。そしてその少女の手つきに艶めかしいものを感じ、思わず歌を詠む。『伊勢物語』では、「男」が「妹」を見て「若草のようなあなたが、いつか他の男と契を交わすなんて……」という歌を贈る段です。

これは、『源氏物語』では「若紫」のエピソードに重なります。源氏は、憧れていた藤壺にそっくりな少女を見かけ、のちに彼女を自分好みの女性に育てるべく引き取るわけです。

──『伊勢物語』に比べると、紫式部の書き方は直球ですね。

高樹 成長株を買うというんでしょうか(笑)、当時の女性は14歳、15歳といった年齢で妻になるのが普通でしたから、それより幼い少女に対しても、男性が「そういう目」で見ることもあったんでしょう。

紫式部が『伊勢物語』を参考にして『源氏物語』を書いたのと逆に、私は『源氏物語』を参考にしながら、『伊勢物語』の業平を描いたんです。

たとえば、『源氏物語』には「雨夜の品定め」という有名な場面があります。源氏のもとに源氏よりも女性経験の豊富な男性が集まって、雨の降る夜に女性談議に花を咲かせる。私はこれを「逆輸入」して、東下りの旅に出た業平とおつきの者たちが、みんなで女性に関するエピソードを語りながら歌を詠むという場面を盛り込みました。

──時代が下ったからこそ、できることですね。

高樹 そうですね。『伊勢物語』は現代語訳はもちろんありますが、業平の小説として描く試みは、一千年の間、誰もやらなかったことなんです。小説として業平を描くに当たって、「紫式部が『伊勢物語』を参考に『源氏物語』を書いたなら、今度は私が『源氏物語』を取り込んで業平の人生を紡いでもいいのではないか」と思って。これも面白い試みになったんじゃないでしょうか。

強さや意志を持った女性

──『業平』には女性も多く登場しますが、それぞれとても個性的です。単に業平の相手役としてだけではなく、強さや意志を持った女性として描かれている。最も強い女性は、藤原高子でしょうか。

高樹 高子は「器の大きな女性」として描きたかったという思いがあります。高子は、当時権勢を誇っていた藤原家に生まれ、のちに清和天皇の妻となり、陽成天皇の母となるのですが、若き日に業平と恋仲になり、一度は二人で駆け落ちを試みます。

──「芥川」の段ですね。夜陰に紛れて高子を連れ出した業平を、高子の兄の基経、国経があとをつけて取り返す。ハラハラしながら読むと同時に、愛する女性から一瞬、目を離した隙に奪回されてしまった業平の喪失感や後悔の念が歌にも詠まれていて、非常に印象深い場面です。

高樹 藤原家からすれば、高子が天皇に嫁ぎ、子供が天皇を継げば権勢を継続できる。まさに「宝」です。それを権力から外れた業平のものにされてはたまらない。そうと知って連れ出す業平もなかなかだけれど、相手も必死です。

この駆け落ち劇が失敗に終わり、業平自身は「東下り」をして、一時とはいえ京から離れざるを得なくなりました。

高子もおそらくこのことがあって、入内が25歳と、当時にしては遅くなったのですが、高子自身はこの経験を経て大きく成長するんですね。清和天皇の妻となり、親王を生んだだけではなく、自身の運命を知ったうえで、自分には何ができるかと考えた。高子の場合は、和歌を文化としてこの国に残すことでした。

──業平との間で、「和歌」が絆になっていたからこそでしょうか。

高樹 それもあったかもしれませんが、より大きな視点で考えていたのでしょうね。当時は「漢詩こそ男の教養」という風潮が強まっていました。しかし高子は、「女には女の文化があるのよ、和歌を通じて思いを伝えあうという日本の文化が」という思いを強く持っていた。歌会を開いて業平を含む歌人たちを招き、竜田川の紅葉を描いた風を見ながら歌を詠んではどうか、と提案しました。

この時、業平が詠んだのが「ちはやぶる神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは」という有名な歌です。

在原業平と藤原高子(月岡芳年画)

神に嫁いだけれど……

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