世界史的な視座
また、より広範な観点に立てば、アメリカが同時期に核兵器の開発を強力に推し進めていたという事実も無視することはできない。さらに、当時の先進国の多くが、毒ガス兵器の研究を推進していたという事実もある。こうした世界史的な視座から、日本軍についても捉えていくべきであろう。そういった視点がないことにも不足を感じた。
現場の取材班は、ある種の意欲と情熱をもって懸命に取材したのだと思う。ただ、そこに周囲からの適確なチェック機能は働かなかったのだろうか。最終的な放送内容を確認するのは局内の上層部である。NHKでは実際の放送までに複数の試写会を局内で行うのが通例であるが、そういった場において、 「ソ連が主導した戦勝国裁判の内容を、そのまま受け止めることに危険はないか」 「もう少し多様な意見も取材してみてはどうか」
といった声は上がらなかったのだろうか。
E・H・カーは、「歴史を研究する前に歴史家を研究せよ」と言っている。「歴史を語り継ぐ」とは使い古された表現だが、そのためには極めて精度の高い専門的な技術と経験が求められる。戦後70年以上が経ったいま、「先の大戦の史実を伝える者たちの技術が劣化しているのではないか」という疑念が、自省の念とともに私の脳裏を過る。
中国の「731部隊」記念館
侵華日軍関東軍七三一部隊罪証陳列館が編集した『関東軍第七三一部隊罪証図録』
かつて731部隊のあった場所は現在、「侵華日軍第731部隊遺跡」という施設になっている。私は数年前にこの場所を訪問した。その後、同施設はリニューアルされたと聞くが、展示物自体はほぼ変わっていないということで、当時の様子を紹介したい。
場所はハルビン市の中心部から南に20キロ弱のところである。広大な敷地内には、往時の実験棟なども残存している。巨大なボイラー棟の残骸を見ることもできる。
メインの展示室となっているのは、旧本部跡である。ガラス製の陳列棚の内部には、日本軍が使用したという防毒マスクや手錠、足枷などが展示されていた。メスやハサミといった手術道具も置かれている。
中国人捕虜に使ったという拷問具などもあったが、それらが本当に実用されたものだったのかについては疑問が残る。中国には各地に「抗日記念館」が設けられており、そのなかで「日本軍が使った拷問具」はもはや定番の展示物であるが、それらが適確な歴史学的検証を経たものであると考える研究者は少ない。
また、「抗日記念館」お得意の「人形を使ったジオラマ」も並ぶ。手術室で解剖実験をしている光景が、吐き気を催すような不気味なトーンで具現化されている。子供を抱いた女性を日本兵が殺害しようとしている場面もある。このようなジオラマを見た見学者たちは、日本に対して強い嫌悪感を抱くに違いない。
同館の731部隊に関する主張は、「日本軍が中国の民衆を大量に虐殺した」というスタンスで一貫しており、この地であったことは「ナチスのホロコースト」と同等の戦争犯罪として位置付けられている。同館の職員の一人はこう言う。 「犠牲者の数は膨大過ぎて、いまもわからない。1万人かもしれないし、10万人かもしれない。国際社会はこの悲劇に、もっと目を向けないといけない」
彼はその後、 「ここはアジアのアウシュビッツ。日本人はもっと歴史を学ばなければならない」 と何度も繰り返した。
そんな同館だが、館内に人影は少なく、韓国人の団体が見学しているのが目立つくらいで、あとは総じて閑散とした様子だった。ハルビンの市街地ではこんな声も聞かれた。
「うちの国の記念館は、大体いい加減だからね。細かな内容には間違いも多いだろう」 「話には聞いているが、実際に行ったことはない。特に行きたいとも思わない」
現地の人々の間にも、様々な意見があるようであった。