医療界でも働き方改革が
──それにしても、救急医の評価が低いというのは残念ですね。多くの方から感謝されているのに。
笹井 一方で、こういうデータもあります。医師758人に「飛行機・新幹線内で救助要請に応じる」、つまり「お医者さんはいませんか」という呼びかけに応じると回答したのはわずか34%。
そのうち、要請に応じた経験のある医師のうち約25%は「今後は応じない」と回答しました。これは、「助けることができれば感謝されるが、失敗したら訴えられるから」というのが理由。犯罪者扱いされることを危惧している。ですから、救急は危うい存在なんです。
──いわゆる訴訟リスクは、日本は海外に比べて高いのでしょうか?
笹井 日本は厳しいです。医者の誰も患者を殺したいなんて思っていないけど、失敗したらあたかも殺人者のように扱われ、当人が裁判に立つだけで不利益を被る。誰も助けてくれません。
──海外には、医者を保護するシステムがあるんですか?
笹井 ないんですが、海外は合理的論理的に判断します。「これはこうでこうだったから、こうなった」というロジックがあれば、罪に問われることは少ない。しかし日本は感情論にいきがちで、そのため救急患者も受け入れずに拒否してしまう病院も出てくる。
──現在、内科医は60000人、外科医は14000人いますが、救急医はわずか3200人しかいない。
笹井 先ほど言ったように、下の下の扱いをされていますし、過酷ですからね。本当は一番国民に求められているのに。
──働き方改革の流れが医療界にも来ていて、それが今後の現場の動きを左右しますか?
笹井 その流れはありますね。求められている医者になるのか、ある程度の仕事量で自分の生活をうまくやっていきたいのか……。
もう職業を情熱だけでやっていくのは難しい時代になった。若い人は命にかかわらない眼科や皮膚科、整形外科などに流れがちです。でも、医者である以上、命にかかわっていかないと成長はできない。
──やはり、「医者は聖職である」という意識が必要?
笹井 必要というより、持たないとやっていけない職業です。奉仕の精神をどこで持つのか、育てていくのか、そしてそれを働きやすさとどう両立すればいいのか……現場の最大の悩みですね。
消防庁で激しい議論
──本書の冒頭では、救急車の現状を克明にリポートされています。たとえば、救急車の平均現場到着時間は京都が6.9分と最短で、最長が東京の10.7分。東京は病院への搬送時間までいれたら、119番通報から何と50分もかかる。
笹井 1分1秒を争う脳梗塞などで50分もかかっていては、致命的です。
──道の広さ、交通量を考えると、解消するのは難しいです。そこで国は「救急車の適正利用」を呼びかけていますが、笹井さんは反対している。
笹井 適正利用の一例を言えば、#7119です。救急車を呼ぶか、病院に行くか迷った時、ここに電話をしたら医者や看護師、相談員が対応し、病気や怪我の症状を把握、緊急性の度合いや救急車を呼んだほうがいいかのアドバイス、医療機関の案内などをしてくれる……。
適正利用の議論は必要です。しかし、#7119は違うと考えています。そもそも、電話で患者さんの状態を診るなんて無理がある。実際に患者さんを診た救急隊員だって、症状を間違えることがある。やはり、医者がきちんと診ないと正確な判断はできません。
東京消防庁の「救急相談センター統計資料」2018年版によると、救急相談は約20万件あり、そのうち救急車が現場に向かったケースは3万件。だから約17万件も救急車出動台数の減少に貢献した、と言いますが、それはおかしい。その判断が医学的に正しかったのかどうかの検証ができていない。だって、私が#7119に電話をして病院に行かなくていいと判断したとして、それが正しいかどうかは誰が検証するんですか?
それに、救急車で運ばれる人の六割が軽症だと言うけれど、電話で相談し、救急車を呼んだ人の6割もやっぱり軽症でした。つまり、電話で相談しようがしまいが、6割は軽症の人なんです。だったら#7119なんていらないじゃないですか。
そういった反対意見を書いたのですが、東京消防庁に取材協力していただいたのでゲラ確認のためにお見せしたら、呼び出されました。「適正利用をしてもらわないといけない」「検証はしている」……私も反論して侃々諤々一時間くらい議論したら、えらい方が怒って出て行っちゃいました(笑)。
最終的には、広報の方が「笹井さんの名前で、責任を持って出すのはわかっているので」と一定の理解はしてくれて、こちらも「検証していない」と言い切りたいところを「検証は甘いのではないか」と少し緩めました(笑)。
#7119は必要か否かで東京消防庁と大激論。