患者がやるべき三つのこと
──国が#7119を推進するのは、それ以外の方法がないからでしょうか?
笹井 あるとしたら、救急医を増やすことですね。繰り返しになりますが、湘南鎌倉総合病院がいい例です。救急医を増やして患者を受け入れて、患者に「こういう時は病院に来なくても大丈夫」とレクチャーをして、そういう経験が地域ごとに積まれていくことで救命率が上がっていっています。
──医師や政治家だけでなく、患者側も意識が変わっていくわけですね。その他に、患者がやっておくべきことはありますか?
笹井 三つあります。一つ目は「目の前に倒れている人がいたら助ける」。心臓マッサージなどをするのに躊躇しないことです。
二つ目は「救急患者にならない」。そのためにも、薬を飲まない、勝手に減らす、診察日に来ない、そういうことをやめる。薬を飲むのを怠って救急車で運ばれた患者だって、助けなければならないでしょう。もう死ぬつもりでいるならいいのですが、そうではないならきちんと日々の対応をする。面倒だからとやめたり、もう大丈夫という油断をしない。
三つ目は「終末期の治療の意志を決めておく」。これが救急の現場でも一番大変なことです。
密着取材の時にもありました。ある会社員の方が、大船駅に着いた途端に倒れて意識がない。湘南鎌倉総合病院に運び込まれて調べてみると、脳出血。家は埼玉で、電話したら奥さんが出た。気管挿管の許可を得て処置をしたけれど、二時間後に奥さんが来た時も同じ状態で、「手術をしてもおそらく意識は戻らない」と告げて、奥さんも「わかりました、いいです」と積極的な治療は見送られた。
今朝まで元気だった人がいきなり倒れて、残された人には治療や延命の決断を迫られる。それは、やはり重くて大変なことです。ですから、できるだけ自分の死に際は決めておく。
高齢者が増えていっていますが、救急の現場は大変でも対応していける。だけど、延命するかどうかの決断だけは自分にしかできない。家族に判断してもらえますが、酷なことです。そこは、ちゃんと話し合っていてほしいと言っています。
救急で来た以上は助けなければならない。心臓マッサージもしなければならない。だけど、心臓マッサージであれ気管挿管であれ、身体を痛めつけてしまうものです。ちょっとした緊急措置だけでも大腿骨骨折なんてこともある。決断が長引けば長引くほどそういった措置をして、ある意味で患者を苦しめてしまうし、惨めな最期になってしまう。
いまの70~80代は自分の死について、あまり話さないんですよね。「家族はわかってくれている」という思いだけではなく、きちんと伝えておくことが大事です。
著者略歴
1978年生まれ。ジャーナリスト。日本医学ジャーナリスト協会会員。『サンデー毎日』編集部記者を経て、2018年よりフリーランスに。医療健康ジャンルを中心に精力的な取材を続け、週刊誌・月刊誌で多くの記事を執筆。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『不可能とは、可能性だ』(金の星社)など。