著者インタビュー|笹井恵里子『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』

著者インタビュー|笹井恵里子『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』

救急車の現場到着時間は年々延び続けていく。最短は京都の6.9分、最長は東京で10.7分。東京は病院への搬送時間まで含めれば、119番通報から50分もかかってしまう。搬送される高齢者は増え、医師不足は避けられない──。日本の緊急医療を維持するためには何が必要なのか。大病院から離島唯一の病院まで駆け巡って徹底取材をした、渾身の一冊!


1分1秒でも争うのに、救急車がなかなか来ない……。

取材申し入れから難航

──『救急車が来なくなる日』は救急医療の現場に密着し、現場の声とともに現代日本の医療の実態を生々しくレポートした一冊です。
密着取材なんて大変だったのでは、と思いながら読んだら、「あとがき」に《本書の取材申し入れは非常に難航した》と書かれていました。取材を申し込んでも断られ続けたそうですが、その理由は?

笹井 テレビなど映像だと結構強引に映しちゃったり、ある程度作ってしまう部分があるんですが、文章として残す密着取材となると、かなりデリケートなところにまで踏み込みます。

正直、医療の現場に密着して全てを書くこと自体が法令違反になりかねない。医者には守秘義務がありますからね。弁護士に言わせれば、テープを回すこと自体よくないし、実際、倫理委員会に引っかかったこともありました。

一方で、それは言い訳でしかなく、取材拒否は「労働条件が過酷なところ、48時間連続労働が当たり前のようにあるので、シフトなんか見せたくなかったんじゃない?」と指摘するお医者さんもいました。もちろん、それでも楽しくやっている現場ならいいんですが、笑顔もなかったりすると外に出したくはないですよね。

──そんななかで最初に密着取材をOKしてくれたのは、救急患者を日本一受け入れている湘南鎌倉総合病院。

笹井 何か切り口がないと取材のとっかかりにもならないと思っていろいろ調べていたら、厚生労働省が公開しているデータを見つけました。それによると、救急患者を日本一多く受け入れているのが湘南鎌倉総合病院でした。年間受け入れ数は14000件以上(2018年度)。ちなみに、1万件を超えているのは国内で10数カ所です。

 せっかく取材するなら一番のところがいいと申し込んでみたら、あっさりとOK。この病院は患者を拒否しない、全て受け入れる。外部の人にいつ来てもいつ見られても構わない、正々堂々とやっていると自負している。だからこそ、密着取材もOKだったのだと思います。

──救急医療の現場はいかがでしたか? 戦場のようだと聞きますが。

笹井 局地災害のようでしたよ(笑)。ある時は50代の男性4人がそれぞれ脳出血で倒れて、わずかな時間差で運び込まれてきました。

──1分1秒の状況の人が4人も!

笹井 4人で終わりません。湘南鎌倉総合病院はとにかく全員受け入れているので、次から次へ。忙しさのあまり、殺気立っていましたね。

──当然、血まみれですよね。なかには肉が飛び散ったり、骨が飛び出ていたりする人も……?

笹井 もちろん。でも、私はそういうのは平気で取材していました。写真を撮っていたら、「そこは撮るところじゃないからね」とやんわり注意もされてしまいました。

──そういう現場でも冷静でいられたんですか?

笹井 そうですね。ゴミ屋敷の取材(『月刊Hanada』2018年7月号)で、虫だらけの部屋のほうがきつかったです(笑)。

救急と週刊誌の類似点

──どこの現場も印象的だったと思いますが、そのなかでも特に印象が強かった病院はどこですか?

笹井 それこそ、湘南鎌倉総合病院ですね。実は湘南鎌倉総合病院の救急ルポはこれまでなく、受け入れ救急患者数日本一も私が初めて書きました。病院のお医者さんは「日本一なんですね!」と言っても、「ああ、そうですよ」と何事でもないように言っていましたが(笑)。

でも、こんなに生き生きとしていて、楽しそうな現場はなかなかない。正直、辛そうな病院も多く、「明日にでもやめたい」と言っている救急医もいました。仕事に前向きで、「毎日わくわくする」 「一生、救急医をやりたい」と言っている湘南鎌倉総合病院の人たちは一番の印象です。

──なぜ、そこまで前向きなのでしょう?

笹井 病院の上の人が救急を敬っているからですね。ここ以外にも、病院長が元救急医だったり、上の人が救急に理解があったりすると、現場は前向きで明るいです。

──本書のなかでも、「救急医療なんて下の下の仕事ですよ」というベテラン医師の言葉が紹介されているように、救急医を・お荷物・と見る医者も大勢いる。

笹井 どう捉えるか、ですね。救急を厄介な仕事を抱える・お荷物・と捉えるか、何でも対処してくれるパワーと見るか……。

救急の成果は数値にしにくい。「これだけ患者を受け入れたから、これだけ利益になって、病院に貢献した」とはなりません。得た利益は各科に振り分けられてしまうので。

「あの病院が受け入れてくれた」という患者さんの信頼度、知名度は間違いなく高まるのですが、それは数値化できない。そこが歯がゆい部分だと思います。

だけど湘南鎌倉総合病院は違っていて、病院全体で救急をバックアップしている。何かあれば病院が引き受ける。救急でわからないことは専門医が助ける。何かあった時に切り捨てるのではなく、やってみよう、支えていこう、という姿勢は現場の雰囲気に直結しています。

──実際に現場を取材していかがでしたか? どんな印象を?

笹井 私は取材していて、救急の現場と出版、特に週刊誌の現場とは似ている気がしました。

患者(ネタ)を選んで、危なくない患者(ネタ)だけを扱えばある程度は回っていく。面倒な患者(ネタ)で扱いを間違えれば惨事になるし、時には訴えられる。でも一見、軽い症状(ネタ)に見えても、調べてみたら大きな病気(ネタ)が潜んでいるかもしれない。扱いを間違えれば惨事になって時には訴えられる……ほら、似ていませんか?(笑)。

──言われてみると似ていますね。

笹井 湘南鎌倉総合病院は全てを受け入れている。それには手間も時間もパワーもかかるけれど、対処していけばうまく回っていく。実際にこの病院は経営もうまくいっていますし、働いている人も楽しそう。週刊誌も同じです。ネタを仕入れて、どんどんやっていくことで編集部や記者がうまくみ合って回っていく。

取材しているうちに、私は救急医みたいなジャーナリストになろうと思いました。医療とか経済とか事件とかジャンルを制限するのではなく、来たものは何でも受け入れて対応していく。

──本当の・救急・ジャーナリストですね(笑)。

笹井 何でも受け入れていけば、うまく回っていく。安全なネタばかりでは悪循環に陥ってしまいますからね。

医療界でも働き方改革が

──それにしても、救急医の評価が低いというのは残念ですね。多くの方から感謝されているのに。

笹井 一方で、こういうデータもあります。医師758人に「飛行機・新幹線内で救助要請に応じる」、つまり「お医者さんはいませんか」という呼びかけに応じると回答したのはわずか34%。

そのうち、要請に応じた経験のある医師のうち約25%は「今後は応じない」と回答しました。これは、「助けることができれば感謝されるが、失敗したら訴えられるから」というのが理由。犯罪者扱いされることを危惧している。ですから、救急は危うい存在なんです。

──いわゆる訴訟リスクは、日本は海外に比べて高いのでしょうか?

笹井 日本は厳しいです。医者の誰も患者を殺したいなんて思っていないけど、失敗したらあたかも殺人者のように扱われ、当人が裁判に立つだけで不利益を被る。誰も助けてくれません。

──海外には、医者を保護するシステムがあるんですか?

笹井 ないんですが、海外は合理的論理的に判断します。「これはこうでこうだったから、こうなった」というロジックがあれば、罪に問われることは少ない。しかし日本は感情論にいきがちで、そのため救急患者も受け入れずに拒否してしまう病院も出てくる。

──現在、内科医は60000人、外科医は14000人いますが、救急医はわずか3200人しかいない。

笹井 先ほど言ったように、下の下の扱いをされていますし、過酷ですからね。本当は一番国民に求められているのに。

──働き方改革の流れが医療界にも来ていて、それが今後の現場の動きを左右しますか?

笹井 その流れはありますね。求められている医者になるのか、ある程度の仕事量で自分の生活をうまくやっていきたいのか……。

もう職業を情熱だけでやっていくのは難しい時代になった。若い人は命にかかわらない眼科や皮膚科、整形外科などに流れがちです。でも、医者である以上、命にかかわっていかないと成長はできない。

──やはり、「医者は聖職である」という意識が必要?

笹井 必要というより、持たないとやっていけない職業です。奉仕の精神をどこで持つのか、育てていくのか、そしてそれを働きやすさとどう両立すればいいのか……現場の最大の悩みですね。

消防庁で激しい議論

──本書の冒頭では、救急車の現状を克明にリポートされています。たとえば、救急車の平均現場到着時間は京都が6.9分と最短で、最長が東京の10.7分。東京は病院への搬送時間までいれたら、119番通報から何と50分もかかる。

笹井 1分1秒を争う脳梗塞などで50分もかかっていては、致命的です。

──道の広さ、交通量を考えると、解消するのは難しいです。そこで国は「救急車の適正利用」を呼びかけていますが、笹井さんは反対している。

笹井 適正利用の一例を言えば、#7119です。救急車を呼ぶか、病院に行くか迷った時、ここに電話をしたら医者や看護師、相談員が対応し、病気や怪我の症状を把握、緊急性の度合いや救急車を呼んだほうがいいかのアドバイス、医療機関の案内などをしてくれる……。

適正利用の議論は必要です。しかし、#7119は違うと考えています。そもそも、電話で患者さんの状態を診るなんて無理がある。実際に患者さんを診た救急隊員だって、症状を間違えることがある。やはり、医者がきちんと診ないと正確な判断はできません。

東京消防庁の「救急相談センター統計資料」2018年版によると、救急相談は約20万件あり、そのうち救急車が現場に向かったケースは3万件。だから約17万件も救急車出動台数の減少に貢献した、と言いますが、それはおかしい。その判断が医学的に正しかったのかどうかの検証ができていない。だって、私が#7119に電話をして病院に行かなくていいと判断したとして、それが正しいかどうかは誰が検証するんですか? 

それに、救急車で運ばれる人の六割が軽症だと言うけれど、電話で相談し、救急車を呼んだ人の6割もやっぱり軽症でした。つまり、電話で相談しようがしまいが、6割は軽症の人なんです。だったら#7119なんていらないじゃないですか。

そういった反対意見を書いたのですが、東京消防庁に取材協力していただいたのでゲラ確認のためにお見せしたら、呼び出されました。「適正利用をしてもらわないといけない」「検証はしている」……私も反論して侃々諤々一時間くらい議論したら、えらい方が怒って出て行っちゃいました(笑)。

最終的には、広報の方が「笹井さんの名前で、責任を持って出すのはわかっているので」と一定の理解はしてくれて、こちらも「検証していない」と言い切りたいところを「検証は甘いのではないか」と少し緩めました(笑)。

#7119は必要か否かで東京消防庁と大激論。

患者がやるべき三つのこと

──国が#7119を推進するのは、それ以外の方法がないからでしょうか?

笹井 あるとしたら、救急医を増やすことですね。繰り返しになりますが、湘南鎌倉総合病院がいい例です。救急医を増やして患者を受け入れて、患者に「こういう時は病院に来なくても大丈夫」とレクチャーをして、そういう経験が地域ごとに積まれていくことで救命率が上がっていっています。

──医師や政治家だけでなく、患者側も意識が変わっていくわけですね。その他に、患者がやっておくべきことはありますか?

笹井 三つあります。一つ目は「目の前に倒れている人がいたら助ける」。心臓マッサージなどをするのに躊躇しないことです。

二つ目は「救急患者にならない」。そのためにも、薬を飲まない、勝手に減らす、診察日に来ない、そういうことをやめる。薬を飲むのを怠って救急車で運ばれた患者だって、助けなければならないでしょう。もう死ぬつもりでいるならいいのですが、そうではないならきちんと日々の対応をする。面倒だからとやめたり、もう大丈夫という油断をしない。

三つ目は「終末期の治療の意志を決めておく」。これが救急の現場でも一番大変なことです。

密着取材の時にもありました。ある会社員の方が、大船駅に着いた途端に倒れて意識がない。湘南鎌倉総合病院に運び込まれて調べてみると、脳出血。家は埼玉で、電話したら奥さんが出た。気管挿管の許可を得て処置をしたけれど、二時間後に奥さんが来た時も同じ状態で、「手術をしてもおそらく意識は戻らない」と告げて、奥さんも「わかりました、いいです」と積極的な治療は見送られた。

今朝まで元気だった人がいきなり倒れて、残された人には治療や延命の決断を迫られる。それは、やはり重くて大変なことです。ですから、できるだけ自分の死に際は決めておく。

高齢者が増えていっていますが、救急の現場は大変でも対応していける。だけど、延命するかどうかの決断だけは自分にしかできない。家族に判断してもらえますが、酷なことです。そこは、ちゃんと話し合っていてほしいと言っています。

救急で来た以上は助けなければならない。心臓マッサージもしなければならない。だけど、心臓マッサージであれ気管挿管であれ、身体を痛めつけてしまうものです。ちょっとした緊急措置だけでも大腿骨骨折なんてこともある。決断が長引けば長引くほどそういった措置をして、ある意味で患者を苦しめてしまうし、惨めな最期になってしまう。

いまの70~80代は自分の死について、あまり話さないんですよね。「家族はわかってくれている」という思いだけではなく、きちんと伝えておくことが大事です。

笹井恵里子

https://hanada-plus.jp/articles/240

1978年生まれ。ジャーナリスト。日本医学ジャーナリスト協会会員。『サンデー毎日』編集部記者を経て、2018年よりフリーランスに。医療健康ジャンルを中心に精力的な取材を続け、週刊誌・月刊誌で多くの記事を執筆。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『不可能とは、可能性だ』(金の星社)など。

関連する投稿


笹井恵里子

笹井恵里子

1978年生まれ。ジャーナリスト。日本医学ジャーナリスト協会会員。『サンデー毎日』編集部記者を経て、2018年よりフリーランスに。医療健康ジャンルを中心に精力的な取材を続け、週刊誌・月刊誌で多くの記事を執筆。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『不可能とは、可能性だ』(金の星社)など。


最新の投稿


黙殺され続けるLGBT当事者たちの本音|福田ますみ

黙殺され続けるLGBT当事者たちの本音|福田ますみ

雑誌『新潮45』の廃刊が一つのきっかけとなり議論が巻き起こったLGBT問題。メディアでは一部の活動家の声があたかも「LGBT当事者の声」であるかのように取り上げられ、野党議員も政権批判の道具、パフォーマンス材料としてそれに群がった。ところが騒ぎが静まると、まるで「用済み」と言わんばかりにメディアも野党もLGBTについては何ら関心を示さず今日に至る。 『新潮45』廃刊騒動とはいったい何だったのかー―。報じられなかった真の当事者たちの声をベストセラー『でっちあげ』、『モンスターマザー』(ともに新潮社)の著者であるノンフィクション作家の福田ますみ氏が追った。


「2020年1月号」新聞広告大公開!

「2020年1月号」新聞広告大公開!

「違い」がわかるみなさまへ。広告がおもしろければ、雑誌もおもしろい!雑誌がおもしろければ、広告もおもしろい!あなたが読みたい記事が、そこにはある!


月刊『Hanada』2020年1月門松号

月刊『Hanada』2020年1月門松号

右でも左でもない。大手マスコミが報じない「ファクト」が1月号も満載!文在寅の「反日種族主義」(総力大特集)、万年野党へのブーメラン(総力特集)、朝日新聞からの抗議の手紙への反論(上念司)、魂を揺さぶる憂国の大演説(百田尚樹)、「伊藤詩織事件」(小川榮太郎)、香港と中国の深層、首里城焼失の「真犯人」、黙殺された公開質問状(河村市長)、高橋純子をつまらせろ!(桑原総)、永久保存版の「グラビア特集」などすべて必読!爆笑問題をはじめ豪華連載陣も魅力のひとつ。


「伊藤詩織」は性被害者なのか【シリーズ第2弾】|小川榮太郎

「伊藤詩織」は性被害者なのか【シリーズ第2弾】|小川榮太郎

「伊藤詩織」シリーズ第2弾!月刊『Hanada』11月号(完売御礼!)で、大反響を呼んだ小川榮太郎氏の「『伊藤詩織』は性被害者なのか」の完全版がついに公開!性暴力に抗議する「フラワーデモ」で、突如、「同意のない性行為はレイプ」との見解を述べた伊藤詩織氏。彼女は根っからの大嘘つきなのか、それとも、ただの操り人形なのか。真っ黒な女王とそれに群がる面々の「嘘」が次々に暴かれる――。


朝日新聞が誘導する成年後見制度の地獄|長谷川学

朝日新聞が誘導する成年後見制度の地獄|長谷川学

使ったが最後、ある日突然、赤の他人の弁護士や司法書士、社会福祉士らがあなたと家族の財産・権限のすべてを奪う――いま現実に起きている悪夢の実態を報じず、ひたすら制度推進者の側に立ったトンデモ報道を続ける朝日新聞。「家に帰りたい」「人生を返してほしい」「こんな制度利用しなければよかった」と切実に訴える被害者の叫びをなぜメディアも行政も聞こうとしないのか。全国で深刻な被害が続出している成年後見制度の闇を暴く!