この人権侵害問題に正面から切り込んでいるのが元高裁判事の森脇淳一弁護士だ。
森脇氏は広島、名古屋、大阪の高裁判事を務めて退官し、現在は、成年後見制度に関わる人権侵害の相談を受け付ける日本で数少ない弁護士として知られる。
成年後見制度による人権侵害行為の“加害者”は後見人を務める弁護士や司法書士、後見利用を申し立てた自治体、弁護士らを後見人に選任した家庭裁判所及び家裁を統括する最高裁など。従って被害者の代理人を務めることは、同業者である弁護士と司法書士、自治体や家裁などを敵に回し、場合によっては弁護士や自治体、国を提訴して裁判で争うことになる。
国と自治体、法曹界を敵に回して勝訴することは極めて困難で、労多くして益がないことから、後見制度による人権侵害の相談を受けても、ほとんどの弁護士は後難を恐れて関わろうとしないのが実態である。
国や自治体が加害者なので被害相談の窓口もないため、森脇氏のもとには被後見人(認知症高齢者や知的精神的障害者)及びその家族からの相談がひっきりなしにある。
「こんなことになるとは思わなかった」

厚生労働省HPより
その森脇氏が今年7月22日、法務省の法制審議会(後見部会)に招かれ、成年後見制度について意見を述べた。
法制審は中間試案発表後の8月に国民から意見(パブリックコメント)を募集する一方、森脇氏ら有識者や家族会などからも意見を聞いた。森脇氏と同じ7月22日には、一般社団法人「後見の杜」の宮内康二代表と、「後見制度と家族の会」代表の石井靖子さんへのヒアリングも行われた。
このうち宮内氏は、中間試案について筆者の取材に「内容がないうえに、わかりづらい書き方で、具体的にどうするつもりなのかよくわからない。全体的印象として、これまで通りの家裁主導と士業後見人報酬の高額化の傾向が顕著で、トラブルはなお増加すると思います」と答え、石井さんは「トラブル解決なしに民法改正はあり得ず、これをスルーして改正してもトラブルはなくならず、国民の多くは引き続きこの制度を利用しないでしょう」と語り、親族を後見人にするなど、親族を中心にした本来の制度に戻すことを求めた。
森脇氏は、判事時代から後見制度は問題が山積していると感じていたことを審議会委員に説明し、森脇氏の上司だった西岡清一郎広島高裁長官(当時)とのやりとりを紹介している。それによると、森脇氏が成年後見制度の混乱ぶりを伝ると、西岡氏は即座に「こんなことになるとは思わなかった」と後悔を口にしたという。西岡氏は最高裁家庭局課長や東京家裁所長などを歴任した家裁のエキスパートとして知られる。
森脇氏は審議会委員にこう語った。
「この制度は設計自体に問題があったと確信しています。裁判所にいた頃はまったく見えませんでしたが、弁護士になってからは、後見人の横暴により、数え切れないほどの不合理かつ非常に過酷な人権侵害とも言える被害が生じていることを知りました」