「元裁判官として身が震えるほどの怒り」
事例の4つ目は、この日の審議会に参考人として招かれて意見を述べた「後見制度と家族の会」代表の石井靖子さんのケースだ。石井さんの親族の男性は聾唖(ろうあ)の障害があり、男性の両親の死後、老人施設に入所した。両親は多額の資産を残していた。そして老人施設の顧問弁護士が男性の代理人に就任し、石井さんら親族に知らせないまま、その弁護士が男性に後見人をつける申し立てをした。
弁護士は自分の後輩を後見人に推薦し、家裁も、その後輩弁護士を後見人に据えた。
施設の利用費用は男性の口座から支払われるため、施設に長く入ってもらうことは施設にとってプラスだ。従って施設は男性と利益相反関係にあるとも言える。ところがこのケースでは、施設の顧問弁護士が男性の代理人に就任して、顧問弁護士が推薦した後輩弁護士が男性の後見人になっている。これは“囲い込み”を疑われる行為だが、家裁は問題視しなかった。
後見人の就任後、後見人と顧問弁護士は石井さんが男性と面会することを拒み、理由として男性が「会いたくない」と言っていることを上げ、親族との墓参り等のための外出もできなくした。
その後、石井さんが施設を訪ねたときに、偶然、男性と会えた。男性が里帰りを希望したため、石井さんは男性の郷里まで同行したところ、男性の成年後見人が石井さんを相手取り人身保護請求訴訟を地裁に起こした。
聾唖の障害がある人は、その時々で頼ることができる健常者の意向に沿う発言をする傾向が強いことから、地裁判事は、施設関係者を含む利害関係者全員を職権で退出させたうえで、「本当に施設に住みたいか」と質問したところ、男性は「施設には住みたくない。施設で暴力を受けた。石井さんらは好きである」と発言した。これは調書に記録されている。
ところが驚いたことに地裁判事は、この調書があるにもかかわらず、施設関係者が法廷にいるときに男性が真逆の発言をしたことを理由に、判決では「若干の変遷がありつつも施設での生活を希望している旨述べている」と認定して、石井さんを敗訴させた。
石井さんは後見人弁護士に懲戒請求を起こしたが、後見人はそれを不当として石井さんを提訴。その裁判で高裁判事は、地裁判事と同じ認定をして石井さんを敗訴させた。このような認定をした裁判について石井さん側は、成年後見制度を設計し制度利用促進の先頭に立つ最高裁、そして後見人の多数を独占する弁護士会に対する忖度が働いた結果と見なし、公正な判断を求めて最高裁に上告を申し立てている。
上告受理を申し立てた理由について、代理人の森脇氏は「事実についての明らかな証拠があるにもかかわらず、その事実を否定する認定をした」ことの異常性を指摘。最高裁などへの忖度が疑われる高裁判事の判決に対し「元裁判官として身が震えるほどの怒り」を感じるとする一方、上に忖度せざるを得ない高裁判事への同情を禁じ得ないとも書いている。
国連から「人権侵害」を指摘されている成年後見制度について、最高裁と法制審は、今後、人権侵害を引き起こさない仕組みに変えていくことができるのか。
最高裁と法制審の動向を世界が注目している。

ジャーナリスト。1956年生まれ。早稲田大学卒業。講談社『週刊現代』記者を経てフリー。『週刊現代』で、当時の小沢一郎民主党代表の不動産疑惑(のちに東京地検が政治資金規正法違反で摘発)をスクープ。著書に『成年後見制度の闇』(飛鳥新社・宮内康二氏との共著)など。