【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか  エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


トランプ政権人事に一筋の光?

不安しかないトランプ第二次政権の人事。国家の要の国防長官にはFOXニュースの司会者だったピート・へグセス氏が指名されている。品行不良など以上に、軍や安全保障について理解しているのかという根本的な疑義が呈されているが、国防総省ナンバースリーの国防次官にエルブリッジ・A・コルビー氏が起用されるとの報を聞いて、ようやく少し安心感を得ることができた。

コルビー氏は第一次トランプ政権で国防次官補代理を務め、2018年の国家防衛戦略策定では主導的な役割を果たしたとされる戦略家。第一次政権期に「大人たち」と呼ばれた、ジェームズ・マティス氏など安全保障に高い知見を有する人々は排除され散り散りになった印象だったが、当時30代の若き政権スタッフだったコルビー氏は、再び政権内に返り咲くことになった。

そのコルビー氏はどのような考えを持っているのか。格好の一冊が刊行されている。『アジア・ファースト――新・アメリカの軍事戦略』(文春新書)で、聞き手として本書をまとめたのは、月刊『Hanada』本誌でもおなじみの奥山真司氏。本書にはコルビー氏の戦略観、世界観がわかりやすく、コンパクトにまとまっている。

一部では「現代のジョージ・ケナン」の異名さえ持つというコルビー氏の基本戦略は、一言で言えば「中国封じ込め」である。だが、その戦略は「封じ込め」の文言から連想される、「デカップリングによって中国を干上がらせる」「軍拡競争に競り勝って中国の国力を低下させ、共産党政権を瓦解させる」といった、米ソ冷戦になぞらえたものではない。

その戦略は中国崩壊、共産党政権の終焉を望む、あるいは期待・企図するものではなく、中国が望み通り大国になることは否定しないが、周辺国へ脅威を及ぼし、自らの意志を押し付けることを「拒否」するもの。

コルビー氏はこれを「拒否戦略」と呼んでおり、その戦略の詳細については、2023年末にその名の通り『拒否戦略』を日本経済新聞出版より刊行してもいる。

アジア・ファースト――新・アメリカの軍事戦略

やっぱり中国はジャイアン

「中国が自らの『中華民族の偉大なる夢』を達成することは構わない。ただし、他国に迷惑を及ぼさない形で」とするコルビー氏のスタンスから連想されるのは、国民的作品『ドラえもん』の主要登場人物の一人、ジャイアンの姿である。

漫画原作やアニメで描かれる日常におけるジャイアンは、体格と腕力に恃んで我が物顔で町内を闊歩し、ひ弱な同級生・のび太に暴力をふるって屈服させるキャラクターである。

ジャイアンの母親も息子には暴力をふるっているので、その鬱屈を外で発散している節もありそうなのだが、これがまさに現在の中国と重なるのだ。対外的に経済力と軍事力を背景とした脅しをかけて、自らに有利な状況を作り出し、台湾制圧という野望を隠そうともしていない。

屈服を余儀なくされているのび太がこうしたジャイアン的なふるまいを拒絶するためには、どうすべきか。作中では自らもジャイアンのように腕力をつけるか、ドラえもんに道具を借りてやり込めるしかない。

だが、現実にはもう一つ対応策がある。コルビー氏はジャイアンたる中国に対し、「のび太をはじめ、スネ夫、出木杉君、その他、ジャイアンに迷惑をこうむっている人々で連帯し、ジャイアンの横暴なふるまいを拒絶する」ことを提唱している。これがコルビー氏の言う「拒否戦略」であり、ジャイアンに従いたくないという一点だけで連携する「反覇権連合」の提唱なのである。

『ドラえもん』の作中でも、さすがに「ジャイアンリサイタル(ジャイアンの一人歌唱イベント)」に関しては、そのあまりの音痴ぶりにのび太をはじめとする同級生たちが一致団結してリサイタルの中止を画策する描写がある。だが普段は連携が弱く、スネ夫などは暴力を恐れるがゆえ、また虎の威を借る狐のポジションを取ることで、すぐにジャイアン側についてしまうのだ。

このあたりも、現実の「反覇権連合」実現の難しさに重なる。各国に連携されたくない中国側は当然、ともすれば連合を脱し、自分の側につきそうな国を狙ってあの手この手で揺さぶってくるであろう。中国の持つ「力」になびかないよう、日本も気を付けなければならない。

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読書亡羊 書評 梶原麻衣子

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