【読書亡羊】「麻辣強国」VS「マサラ強国」…米中印G3時代への準備はいいか  中川コージ『インドビジネスの表と裏』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「麻辣強国」VS「マサラ強国」…米中印G3時代への準備はいいか 中川コージ『インドビジネスの表と裏』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


中印10億人社会で揉まれるマッド・サイエンティスト

トランプ大統領に続いて、かつての安倍総理との蜜月関係を印象付けていたのはインドのモディ首相だろう。破顔一笑という表情に合掌やハグで出迎える様子が、日印首脳会談の際には日本でも大きく報じられていた。

安倍首相夫妻の訪印時にはインド国民が沿道にずらっと長距離にわたって並ぶなど、大歓迎モードだった。そうした蜜月関係を背景に、安倍政権期には日米豪印のQUADの枠組みも構築された。

「インド外交はライフワーク」と語る安倍首相の外交成果が、日本人に「インドは(中国とは違って)日本側」とのイメージを持たせ、それは今も続いていると言っていいだろう。

近年、インドに関する書籍は多く出版されており、当欄でも2024年5月に湊一樹『「モディ化」するインド』(中公選書)をご紹介した。

https://hanada-plus.jp/articles/1528

『「モディ化」するインド』は主に政治を扱っており、モディの施政下で変化し行くインド社会について、書評でも「インドの本質は中国に近づいている」と評した。

それは実際そうなのだが、とはいえあくまでも日本のような国と比べると中国寄りの権威主義国家になりつつある、という意味である。直に中国と比較した場合「中国に近づきつつある部分もあるけれど、その本質は日本はもちろん、中国とも全く異なる」のがインドなのだ。

そんな「中国とインドの比較」を随所に交えながら、日本人が知らないインドの実態についてマニアックに分析するのが中川コージ『インドビジネスのオモテとウラ 14億人市場の「世界でいちばん面倒くさい国」』(ウェッジ)だ。

筆者は英国留学→北京大大学院卒→家業経営・戦略コンサル→インド政府立IIMインド管理大学フェローとなり、現在インド在住という自称〝マッド・サイエンティスト〟。中国とインドという10億人を超える社会で揉まれた経験と確かなリサーチ・分析から、中印比較も交えた「インドの姿」を描き出している。

インドビジネスのオモテとウラ 14億人市場の「世界でいちばん面倒くさい国」

インドの伸びしろとブレーキ要因

なぜ今インドなのか、と言えば、中国のように政治体制によるリスクが高まっている国に代わる、もう一つの巨大市場、リスク分散先としての魅力があるからだ。インド自身も中国との間に領土紛争を抱えているため、安全保障上も日本にとってのパートナーと目しやすい。つまりインド熱上昇の大きなきっかけが、中国なのだ。

しかもインドには伸びしろがある。例えばインドの気温は50度に迫る時期もあるほどだが、本書によるとエアコンを所有している一般家庭は全体のわずか4.9%にとどまるという。ここに勝機を見出したのがダイキンで、インド内販売網を構築してきているという。

「これは中国にとって代わる、魅力的な市場になるのでは」

そんな期待が、インド熱を押し上げているのだが、インドが中国と同様の魅力的な巨大市場になれるかについては、まだまだ考慮すべき不安要素があると中川氏は指摘する。

一つは、インドが平均年齢の低い若い国で人口ボーナスも期待できる条件を有しているにもかかわらず、若者が働けない国になっている点だ。高学歴でありながら労働に従事しない(できない)若年層が多く、全世代の失業者のうちなんと80%以上を若年層(15歳から29歳)が占めるという。

中国も高学歴の若者の就職難が話題となり、結婚や出世を諦める「寝そべり族」が話題になったが、これは巨大市場になる過程で起きた過酷な競争社会に疲れ果てた若者たちの姿だった。一方、インドはまだ伸びしろがある段階で、こうした事態が生じてしまっているのだ。

なぜそんなことになるのか。本書では、大学を各地に作り過ぎたことでポンコツ大学出身者が増えたものの、高学歴ゆえに職をえり好みする傾向があり、就職先とのミスマッチが起きていると指摘する。

これにより、インドは今まさに人口ボーナスで経済成長にブーストをかけられる状況になっているにもかかわらず、みすみすそのチャンスを逃しかねない事態に至っているというのだ。

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書評 読書亡羊 梶原麻衣子

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