【読書亡羊】初めて投票した時のことを覚えていますか? マイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


審判か、それともサポーターか

本書が提唱する中で分かりやすく面白いのは、選挙をスポーツに見立て、投票する側も「審判」的スタンスで投票先を決めるものと、「サポーター」的スタンスで候補者を応援するものがいるという指摘だ。

もちろん両者のスタンスはすっぱり二つに分けられるものではないが、自分の好き嫌いを排して誰がその役職にふさわしいかを判定したり、選挙情勢を見極めて投票先を決めるものと、自分が推したい候補者に投票するという傾向があるのだという。

その国・選挙ごとの「審判」タイプと「サポーター」タイプの分布が掲載されているが、同じ国の中でも選挙の種類、例えばアメリカの中間選挙と大統領選挙で、両タイプの分布が大きく異なることもある。2014年の中間選挙ではサポータータイプが55.3%なのに対し、2012年の大統領選では72.3%に達している。

果たして自分はどちらのタイプなのか、考えてみるのもいいだろう。

この視点で見ると、選挙後の都知事選を巡る報道やSNSの状況は、サポーターが先鋭化したフーリガンが大暴れしているような印象を受ける。つまり、サッカーの試合でサポーターの人たちが結果に納得がいかず、発煙筒を投げたり会場外で暴力沙汰を起こしているのに似た状況が起きているのだ。

もちろん、勝った側のサポーターや審判タイプがこれに全く加担していないわけではない。まさに審判さながらに支持していない陣営の選挙運動について「判定(指導)」して見せたり煽ったりすることで、敗者側のサポーターの怒りが燃え上がっている面もある。

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選挙による対立は激化する一方

選挙時の街頭演説やSNSは年々熱を帯びるばかりだが、一方で投票所では全国の多くの場所で静かな投票行為が行われているだろう。そのギャップを思うと人間の内心の面白さも感じるが、「面白い」と言ってばかりもいられない事態が起きている。

それは本書で紹介される主要な概念である「選挙がもたらす敵意」が、2010年代後半以降、強まっているという指摘だ。少なくとも2012年までは、選挙によるハネムーン期間や和解が確認されていたところ、そうしたものが実現しなくなってきているという。

しかも、心理的な「負のスパイラル」により、自分とは違う選択をした有権者に対する敵対心が増幅し続けているというのだ。

「自分とは違う選択をした人に対して、どんな言葉を思い浮かべるか」という質問の回答には愕然とする。「無知、教養がない」「偏狭で心が狭い」「無責任、軽率」といった否定的な言葉が上位を占めている。中には「過激派、ナチス」「反逆者」「非国民」など過激なものもあった。

選挙による対立の激化は日本だけの現象ではないのだ。

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