第一日赤側の主張は詭弁
これに対し、第一日赤側は、しびれなどの症状は医療ミスと無関係だと反論している。実は、本誌報道後の2023年10月、恵子さんが第一日赤でMRIを取ったところ、間違って正常脳を摘出した近くに、極めて珍しいことだが、新たに脳腫瘍が出現していることがわかった。
これを理由に第一日赤側は「しびれなどの症状は新たな脳腫瘍が原因で発症した」との主張を始めたのだ。だがこの主張には合理性がない。
情報を整理しよう。まず2020年10月に、第一日赤が誤って正常脳を切除したのをきっかけに、それまでなかった右半身のしびれが出現した。このことは、正常脳を切除したことが右半身のしびれの原因であることを示している。
A氏によると、第一日赤側が切除した左頭頂葉の脳実質は、右手などの感覚を司るという。脳神経は交差しているので、神経症状は体の反対側に出現する。左脳の感覚を司る部分を切除されたことにより、恵子さんは右手、右足に感覚障害による運動障害、つまり、しびれを発症したのだ。
これに対し第一日赤側が主張する新しい脳腫瘍は23年10月に撮った頭部MRIで見つかった。新しい脳腫瘍で何らかの障害が出ているとしても、それが症状と関係する可能性があるのは23年10月以降である。だが症状は手術ミス直後からずっと続いていた。これでは新しい腫瘍が症状の原因とは到底言えない。
A氏が反論する。
「私は、23年10月に撮った恵子さんの頭部MRIを見ました。たしかに手術で誤って摘出した脳の部位の近傍に、非常に珍しいことですが新たに脳腫瘍が出現していました。しかし恵子さんの新たな脳腫瘍が見つかったのは23年10月。 一方、症状は2020年10月の医療ミスの直後から発症している。誤って正常脳を取ったことが原因なのは明らかで第一日赤側の主張は詭弁に過ぎません」
事故頻発を知りながら放置
第一日赤が裁判で詭弁を弄している間に新たな動きがあった。京都市に続き、日本脳神経外科学会が第一日赤に処分を出したのだ。
第一日赤は、日本脳神経外科学会から脳神経外科の専門医の研修施設に認定されていた。京都市の行政指導を受けて学会は第一日赤に聞き取り調査を実施。その後の理事会で「医療の安全管制など教育上の懸念事項がある」として3月31日付で第一日赤の専門医研修施設の認定を取り消したのだ。認定取り消しは極めて異例である。
それにしても学会の対応はあまりに遅過ぎた。なぜならA氏は事故が明るみに出る前に何度も学会に助けを求めたが学会は何もしなかったのである。経緯を振り返ろう。
A医師は2019年11月以降、第一日赤首脳陣や日本赤十字社に繰り返し事故の頻発を報告し、是正を求めたが、まったく改善策は講じられなかった。
2020年6月、くも膜下出血の女性患者に第二脳神経外科の医師が医療上の絶対禁忌の処置(脳圧亢進時に腰椎に針を刺すこと)を行い、死亡させる事故が起きた。この事故は京都地検が捜査に着手したが、患者の遺族が「かかわりたくない」として執刀医を刑事告訴しなかったために、捜査が打ち切られた。
同年10月に、先の恵子さんの正常脳切除事故が発生。同年11月、再び先の絶対禁忌処置で患者が死亡した。相次ぐ死亡事故に強い危機感を持ったA氏は2020年11月、再度、第一日赤幹部に是正を求めたが黙殺された。日赤本社も自ら改善に乗り出すことなく、第一日赤任せの姿勢に終始した。
やむなくA氏は、2021年1月、当時の日本脳神経外科学会の理事長に相談。ところが、理事長は「第一日赤に脳神経外科医を派遣している京都府立医大・脳神経外科の橋本直哉教授に報告するように」と指示したにとどまった。
2021年3月、A氏は橋本教授と会い、医療事故リストを渡して「府立医大脳神経外科の医局が派遣した医師たちが事故を頻発させている。止められるのは府立医大教授しかいない。改善を指導してほしい」と頼んだが、橋本氏は「別病院だから介入できない」と拒否した。
このためA医師は、再び日本脳神経外科学会理事長に「派遣元に報告したが動かない。学会から事故防止の注意喚起をしてほしい」と依頼したが、このときも理事長は「困ったものだ」と言うだけで対策を取らなかった。
その次の日本脳神経外科学会の理事長も、医療事故が頻発していることを知りながら放置した。この理事長は、京都大学医学部の脳神経外科の教授だった。