山下さんは2021年9月24日、自宅で階段から転落し、左側頭部を強打した。午前3時前に救急車で第一日赤に搬送されたとき意識ははっきりしており、問いかけにも答えていた。また、血圧、呼吸にも問題はなかった。
午前4時前に、救急科の研修医が全身CT撮影を実施。研修医は「硬膜外血腫」と誤診したが、その後、硬膜外血腫より危険度がずっと高い「硬膜下血腫」に診断を修正した。
「この最初の誤診が、その後の対応の遅れにつながった可能性はないのか」と、A氏は指摘する。
このときの検査ではCT以外に血液検査も行われ、血小板が極端に少ないことが判明した。止血機能を持つ血小板が極端に少ないという検査結果は、出血の継続と血種の拡大を強く予想させるものだった。
だが午前4時過ぎに救急科から連絡を受けた第二脳神経外科の主治医は、止血機能を高めるための血小板輸血、血漿輸血の実施を指示せず、経過観察を指示しただけ。
「なぜ迅速に血小板などを輸血しなかったのか」(A氏)
その後、午前6時頃の2度目のCTで改めて血腫の拡大が確認された。ところが主治医は漫然と経過観察を継続させた。しかも主治医が山下さんを初めて診察したのは午前6時。搬送から3時間も主治医は診察しなかった。
「出血が止まっていないことがわかったのに、搬送から3時間たってもなお血小板などを輸血せず、しかも搬送から3時間も脳神経外科の専門医が診察しなかったことが正しい対応だったか。2度目のCTで血種拡大が確認された時点で、直ちに開頭手術をして血腫を取り除いていれば救命できたのではないか」とA氏は語る。
入院から6時間以上が経過した午前9時頃、ようやく主治医は開頭して血腫を除去する手術を行うことを決め血小板を投与した。その20分後、主治医は山下さんに気管挿管するため「プロポフォール」という薬品を投与した。手術が行われたのは入院から8時間以上経ってから。手術後も不要な気管挿管が続けられプロポフォールが継続投与された。
プロポフォールは鎮静や麻酔のために用いられる。だが午前4時時点の検査データによると、山下さんは肝機能障害を起こしていたことが確認されている。プロポフォールを肝機能障害患者に投与すると、肝機能障害を悪化させ、さらに腎機能障害を引き起こす虞(おそれ)がある。肝機能障害患者へのプロポフォール投与は注意が必要だ。
ちなみに東京女子医大は、小児への投与が禁忌とされるプロポフォールを小児に継続的に投与して死亡させたことが原因で、いまも特定機能病院の指定を取り消されたまま。これが東京女子医大の経営危機を招いている。
「手術後もプロポフォールの投与を継続したためにさらに肝機能障害を悪化させ、腎機能障害を引き起こしたが、これが適切な処置だったと言えるのか」(A氏)
なお山下さんは、2017年11月、第一日赤内科を受診し、前立腺がんが骨と肝臓に転移しているとの診断を受け、同内科で加療中だった。
“遅きに失した”開頭手術でも、問題が発生
入院後8時間以上が経過した段階で行われた“遅きに失した”開頭手術でも、問題が発生した。開頭部分が小さかったために、部分的にしか血種を取り除けなかったのだ。
これについて、第一日赤の建物構造を知るA氏は「手術まで漫然と放置し、その間に第一日赤2階の設備が整った手術室が他の手術で埋まり、やむなく救命センターに併設されている不十分な設備の手術室で行ったことが原因ではないか」と推測する。なぜ血腫の部分摘出しかできなかったのか、これも問題点の一つだ。
一方、遺族の話では、手術で取り外した山下さんの頭蓋骨の骨弁は、死後、遺族に返却されていないという。A氏によると、「通常、骨弁はマイナス80度のフリーザーで保管し、後日の頭蓋形成術のときに元に戻す。亡くなった場合は骨弁を遺族に返却しなければならないが、遺族に戻されていないとすると、遺族の承諾なしに勝手に処分した可能性がある」という。実際はどうなのか。
手術後、主治医が山下さんの家族に状況を説明した。遺族によると「主治医は終始自信満々で、硬膜下血腫をして手術は成功したと説明する一方、出血が続いていること、尿が出ないと覚悟してもらう必要があると正反対のことも言ったので釈然としなかった」という。
25日にもCT撮影。プロポフォール投与の影響から肝腎症候群を併発。尿量が急速に減少し、急性腎不全と心不全を発症。夕方になってプロポフォール投与を終了したところ、山下さんの意識は覚醒し、問い掛けに答えられる状態になった。この日のカルテには、急性腎不全対策として「人工透析が必要」と書かれている。
翌26日の午後2時から右側顔面に痙攣が起き、取り残した硬膜下血腫が少し拡大していることがCTで確認された。痙攣対策として再びプロポフォールの継続投与を開始。それに伴い山下さんの意識状態は悪化していった。