プロパガンダ映画『主戦場』の偽善|山岡鉄秀

プロパガンダ映画『主戦場』の偽善|山岡鉄秀

月刊『Hanada』2019年7月号に掲載され大反響!山岡鉄秀「プロパガンダ映画『主戦場』の偽善」を特別公開!


それにしても、特に災難だったのは櫻井よしこ氏だろう。ギルバート氏の紹介だったので、うっかり取材依頼を受けてしまったが、ひどい扱いを受けた。

突如、映画に登場し、慰安婦性奴隷否定派から肯定派に転向したと紹介されるケネディ日砂恵(ひさえ)氏は「深く考えずに米国人ジャーナリストに6万ドル支払ったことを後悔している」と語るが、この部分で登場回数が少ない櫻井よしこ氏にインタビューが飛ぶ。

「あなたもそのジャーナリストと関係があったと聞いたのですが?」と訊かれ、櫻井氏は表情を曇らせて「その件には触れたくありません。複雑なので」と短く答える。

デザキ氏は、この櫻井氏の反応を、いかにも都合が悪くて言葉を詰まらせているかのように映画の宣伝バージョンに使用している。

しかし櫻井氏が言葉を濁したのは、自身に後ろめたいことがあるからではなく、ケネディ氏のプライベートな問題(人間関係・金銭関係など)に触れたくなかったからである。ケネディ氏が様々なトラブルの果てに姿を消したのは、彼女を支援した人々にとっては苦い思い出だ。

そして櫻井氏こそ、ケネディ氏に相談を受けてサポートしようとした人だ。コメントを避けるのは当たり前なのである。 櫻井氏の発言は少ないのだが、映画の後半ではさらに「明治憲法復活を目指す日本会議という恐ろしい軍国主義集団」の宣伝塔だとしてレッテルを貼られてしまう。

日本会議はすでに「映画は事実無根の妄想だ」という抗議の声明を発表している。取材もせずにこのような虚偽を流布するに至って、『主戦場』はもはやドキュメンタリーではなく、プロパガンダ映画の正体を晒す。

それにしても奇妙なのは、ケネディ日砂恵氏の名前が映画のパンフレットのどこにも書かれていないことだ。出演者一覧のなかにも含まれていない。左派に転向したケネディ氏こそ、デザキ氏の最終兵器だったのだろうか? ちなみに、彼女が接触し、現金を渡したとする米国人ジャーナリストは「彼女に騙された」と激怒している。

オウム真理教ウォッチャーで有名なジャーナリストの江川紹子さんが、『主戦場』を見て次のようにツイートしている。

〈《主戦場》見てきた。最初は面白いなと思ったし、よくまあこれだけの否定論者を引っ張り出したなあと感心しながら見ていたが、作りのあまりのアンフェアさにうんざり。一人一人が考える機会をくれる作品かと期待していたけど、むしろ分断と対立を煽る作りに、かなり落胆した〉(6:20 - 2019年5月7日)

慰安婦問題に関する知識の多寡や立場に関係なく、冷静な人が客観的に見れば、極めてアンフェアなプロパガンダ映画なのが明白なのである。

慰安婦の涙を政治利用

後半、荒唐無稽になってしまう『主戦場』だが、最後の最後にデザキ氏が登場させるのが、生前の金学順さんだ。幼い頃、初めて客を取らされた時の驚きと恐怖と苦痛を思い出して涙する金さんの姿を見て、「日本人は反省しろ」というわけだ。

私は、このような手法は苦難の人生を生きた女性への冒瀆であり、偽善の極みだと思っている。

金学順さんは基本的に正直な方だと思う。だから、これまでにも最初から包み隠さず、自分が幼くして親にキーセンに売られたことも、キーセンのオーナーに中国へ連れて行かれたことも率直に話している。長いこと日本でも、貧困から娘を遊郭に売る悲劇があったし、さらに貧しかった朝鮮半島ではなおさらだった。

幼くして親から離された少女たちはどんなに不安だっただろうか。また、芸人として生きていくと思って修行していたら売春をさせられてしまった彼女たちは、どれほど傷ついただろうか。金学順さんの悲しみを他人が推し量ることは難しい。しかし、彼女の涙は本当の心の叫びだと思う。

だからこそ許せないのが、金さんのような人を利用しようとする人々だ。朝日新聞の植村隆記者は金学順さんについて初めて報道したが、彼女がキーセンに売られた事実を書かなかった。植村氏の韓国人義母が会長だった太平洋戦争犠牲者遺族会は「日本政府を訴えれば賠償金を取れますよ!」と嘯いてお金を集め、本人を含めて詐欺罪で逮捕者を出し、有罪判決を受けた者もいる。

当時、慰安婦問題が国際問題にまで発展したのは、単純に慰安婦が存在したからではなく、日本軍が組織的に人間狩りのように女性を駆り集めて慰安婦にしたとか、勤労奉仕の女子挺身隊として集められたのに慰安婦にされたとか、朝日新聞が流布した虚報を日韓の国民が信じて衝撃を受けたからだ。

西岡力氏は、金学順さんがキーセンに売られた女性で、軍隊に拉致されたわけではないことを『文藝春秋』誌上で指摘した。 これを受けて、吉田清治の慰安婦奴隷狩り証言の検証をすべく済州島に向かう準備をしていた秦郁彦氏が、金学順さんの弁護士である高木健一氏に電話をして「金さんは親にキーセンとして売られた人ではないのか?」と訊いた。

高木弁護士は「あれは玉が悪かった」と言い、「いま、次のいいのを準備している」と答えたという。彼らにとって元慰安婦は、反日活動と金もうけのツールでしかないのだ。

西岡氏はソウルで金学順さんに会おうとするが果たせず、代わりに日本語通訳を務めていた韓国人女性に会って話を聞く。 彼女によれば、彼女が「おばあちゃん、なんで出てきたの?」と訊いたら、金学順さんはこう言ったという。

「寂しかったんや。親戚も誰も訪ねてこない。食堂でテレビを見ていたら、徴用された人が裁判を起こしたと報じられていたから、私も入るのかなと思った」

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