【読書亡羊】「助平ジジイ」は誉め言葉!? ヨーロッパ王侯貴族のニックネーム  佐藤賢一『王の綽名』(日本経済新聞出版)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


名君「助平ジジイ」の理由

王の綽名にはその功績や欠点、キャラクターを一言で言い当てるセンスが必要になる。例えば端的に「助平ジジイ」というあだ名がついてしまったというフランス王アンリ4世(在位1589~1610年)。

字面だけを見ればうだつの上がらない、女の尻ばかり追いかけて、しかも逃げられているモテない中年男が思い浮かぶが、アンリ4世は〈フランス史上屈指の名君〉だという。

ではなぜこんな不名誉な綽名がついてしまったのか。実に愛人が50人とも70人とも言われる生涯を送ったせいであるが、「サン・バルテルミーの大虐殺」と呼ばれる、フランスのカトリックによるプロテスタントの迫害に遭い、プロテスタントだったアンリ自身も王宮に軟禁されたことが影響したのではないかと示唆される。

「虐殺を何とか逃れて軟禁されて、どうして助平と関係があるのか」と思ってしまうが、王宮には周辺地域から美女が集められていたのだ。

また、日本で「助平ジジイ」との綽名は不名誉でしかないわけだが、アンリ4世の末裔たちが暮らすフランスでは、むしろ愛人の多さがアンリ4世の人気にもつながっているという。

つまり、愛の国・フランスで「助平ジジイ」であることは誉め言葉でもあるのだ。フランス語では「ヴェール・ギャラン」というらしい。



「助平じじい」ことアンリ4世

遊牧民が動かした欧州の歴史

このように、本書は王や貴族の綽名とそれにまつわるエピソードを紹介する中で、中世から近世のヨーロッパの歴史や戦争、王侯貴族の暮らしや風俗、領地継承のルールなども知ることができる。

例えば「文人王」と呼ばれたハンガリー王のカールマーン(在位1096~1116年)。ハンガリー大公の由来から書かれているが、ここを読むだけで「ハンガリー人は(他の欧州人とは違い)ウラル山脈にいた遊牧民族がルーツである」ことが分かる。

あるいは「金袋大公」と呼ばれたモスクワ大公・イヴァン1世(在位1328~1340年)。この頃、現在のロシアを超えてウクライナ、そしてハンガリーまで攻め込んだ元(モンゴル軍)の影響で間接統治を余儀なくされたロシアには「キプチャク・ハン国」が建国され、モスクワ大公のイヴァン1世はハン国で徴税官の役目を代行することになった。そのため、「金袋大公」という綽名がついたのだという。

ロシアによるウクライナ侵攻の歴史的背景の解説でよく聞かれる「タタールの軛」とは、この「金袋大公」の時代のことを言っていたのかと分かれば、理解の大きな助けになるに違いない。

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読書亡羊 書評 梶原麻衣子

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