【読書亡羊】移民大国・フランスの実態――富豪たちの驚きの人権意識  アリゼ・デルピエール著『富豪に仕える』(新評論)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


ノブレス・オブリージュ(フランス語で「高貴なるものの義務」)の取り違えが起きていると言わざるを得ない。

「橋の下で寝るよりはマシ」

主人たちよりも早く起きて朝食の準備をし、部屋の掃除、子供の世話、時には主人の職務のサポートまで行い、汚物を片付け、主人より先回りしてすべての物事の準備を終え、たまたま主人が求める食材を切らしていれば舌打ちをされ、クビをちらつかせられ、邸宅内で誰よりも遅く眠りに就く。

常に笑顔で慎み深く、清潔感があり、容姿もそれなりに優れていなければならない。主人が実際に口に出して指示するよりも前に、主人の思考回路を理解して先回りして準備しておく必要があるというが、こうした能力があれば別の仕事でも相応に活躍できるのではないかと思わずにはいられない。

しかしそれでも使用人という職業を選ぶ人がいて、同じ仕事を長く続ける人もいるのが実態だという。その理由は、一つは富豪自身が言うように「橋の下で寝るよりはまし」だというフランス社会の移民や国外にルーツのある人たちの置かれた状況がある。

おむつを履かされたり、労働法が立ち入れない家庭内で体調が悪くなるまで酷使されたりするケースはあっても、使用人という職業は工事現場などの肉体労働よりもいい賃金を得られる。

それだけではない、主人に対する愛憎は渦巻きながらも、「これほどの富豪に仕え、認められている自分」に満足できるという面もあるため、多くの人たちが使用人という職業を選んでいるというのだ。
実に根が深い。

フランスは移民大国であり、移民支援のための様々な施策が講じられていることは事実だ。だが一方で、富豪の邸宅内には労働法も人権意識も希薄な社会が出来上がっている。本書は、まさに「知られざる世界」の一端を見せてくれる。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

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