【読書亡羊】移民大国・フランスの実態――富豪たちの驚きの人権意識  アリゼ・デルピエール著『富豪に仕える』(新評論)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


中国人のメイドはいやだからフィリピン人か黒人かアラブ人がいい、イスラム教徒は絶対に雇いたくないといった発言はごく普通で、移民出身の使用人に対する人種差別的ステレオタイプはタブーどころか、堂々とまかり通っている。

富豪たちは、アフリカ・アジア・ラテンアメリカの使用人に対して「不快なにおい、不潔な体、怪しい衛生観念、病原菌」を邸宅内に持ち込まれることを危惧する一方、使用人に対してはむしろステレオタイプであることを期待してもいる。

アフリカにルーツはあるもののフランス生まれ、フランス育ちのある使用人は、あえてアフリカの民族音楽を歌い、ダンスを身に着け、スパイスの効いたアフリカ料理を覚えたのだという。オリエンタルな雰囲気や文化をまとわせ、邸宅内に持ち込むことを期待されてもいるからだ。

さらに黒人女性には、体が丈夫できつい労働をこなすことができるとともに、母性にあふれ、フランスになじみながらもエスニックな要素を適度に失わず、明るさがありながらも控えめでいなければならないという勝手なイメージも背負わされ、それに反すれば解雇の憂き目にあうというのだからたまらない。

誤った「ノブレス・オブリージュ」

では富豪たちは使用人を奴隷のように扱っているのかと言えば、実はそうではない。

筆者の取材に、主人である富豪たちは「自分たちにとって、長く務めた使用人は家族同然だ」と答えている。実際、驚くような給料を与えられ、旅行やバカンス先にまで帯同し、一生かかっても手が届かないような高級ブランドのスカーフやカバンを買い与えられる使用人も多い。

それらは富豪にとっては痛くもかゆくもない出費だが、使用人には「富豪の一家の一員」のような錯覚を覚えさせる。しかしどこまで言っても錯覚でしかなく、どれだけ生活と思い出、時間を共有し、高価なプレゼントを贈ったとしても、富豪たちは夕食に使用人は同席させないのだ。

むしろ、富豪の間では子供の頃から「使用人と自分たちとの絶対的な区別」をし、「うまく使える」術を身に着けることが求められるという。

そこにはさらに、富豪たちが自らの振る舞いを正当化する社会的文脈も加わってくる。

「本来なら移民や不法滞在者で貧しい暮らしを強いられる身分の人間たちが、使用人として働くことを許されたことによって、相応の賃金を得られるのだからいいだろう」というもので、そのことを端的に表した富豪の発言が紹介されている。

私(筆者)はある雇用主に、使用人が物置に寝ていると聞いて驚いたと言ったが、逆に「橋の下で寝るほうがいいと思いますか」と聞き返された。そうした視点に立てば、この使用人は住所不定だった時よりも恵まれているだろう。だが、その見方には明白な根拠もなければ、人間らしさも欠けている。

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