【読書亡羊】「日中友好人士がスパイ容疑で逮捕・拘束」話題の本に残る二つの謎  鈴木英司『中国拘束2279日』(毎日新聞出版)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


「公安調査庁」をなんだと思っていたのか

①公安調査庁について

まずは起訴理由にもなっている「公安調査庁」に対する認識だ。鈴木氏は「公安調査庁の人間と会ったことはあるが、スパイ機関だとは知らなかった」として、中国側の言い分を否定している。

だが公安調査庁が情報機関、インテリジェンス組織であることは広く知られている(秘密でも何でもなく、ウィキペディアにさえ書かれている)。

日本で「スパイ」と言えば映画「007」シリーズやCIA、古くはゾルゲ事件のようなものを思い浮かべてしまう。「日本に007のようなスパイなどいない!」と言うのはその通りだし、「普通の」ビジネスマンならそのあたりのことに疎くても仕方ないのかもしれない。

だが鈴木氏は「世情に疎いビジネスマン」ではない。1980年代から社会党青年局訪中団の団員となって「日中交流」に携わり、中国の政党外交を取り仕切る対外連絡部の要人とも接点を持ち、その後は社会党議員の秘書として、さらには中国の大学の教員などにもなり、中国との接点を持ち続けてきたという経歴の持ち主だ。

これだけ政治にコミットしてきた人物が「公安調査庁はスパイ組織(情報機関)とは知らなかった」というのは少々違和感を覚えるところだ。

もちろん、「公安調査庁から任された何らかの情報活動任務を行ったわけでもなく、会って話しただけで逮捕されるのはおかしい」、というのはその通りだ。筆者(梶原)でさえ、公安調査庁の職員と会ったことはある。

だが公安調査庁が情報機関ではないとしたら、鈴木氏は一体どういう組織だと思って接点を持ったのか。

鈴木英司氏

護送車内で「国を売る」発言

②「公安に大物スパイ」情報入手の経緯

「居住監視」を経た鈴木氏は、起訴され、裁判所で日本大使館領事部長と面会することになる。その移動中、なんと鈴木氏は自分が起訴された理由の一つになっている中国の元外交官・湯本淵と同じ車に乗り合わせる。

それだけなら驚きつつも「中国の手続きはあまりに杜撰だな」で済むかもしれないが、鈴木氏いわく、この移動中に湯本淵氏から、例の話を聞いたというのである。

「日本の公安調査庁の中にはね、大物のスパイがいますよ。ただのスパイじゃない。相当な大物のスパイですよ。私が公安庁に話したことが、中国に筒抜けでしたから。大変なことです」

湯が護送車の中でこれほど重大な話をしたというのだが、監視員や運転手は聞いていなかったのだろうか。この時のことを鈴木氏は「まるで映画のワンシーンのようだ」と書いているが、「007」でこんなシーンがあったら「あまりにご都合主義ではないか」と批判されるだろう。

鈴木氏が「公安調査庁に中国の大物スパイがいる」と指摘しているのは、湯のこの証言と、自らが取り調べの過程で公安調査庁職員の顔写真(しかも証明写真)を見せられたことによる。

もちろんこれだけでは「公安調査庁に大物スパイ」を事実と裏付けることはできないし、鈴木氏も「湯がそう言った」、と紹介しているに過ぎない。だが、公安調査庁側としては何もしないわけにはいかなくなるだろう。対中情報網の整理が必要になるかもしれない。

しかも湯もスパイ容疑で拘束されていたようなのだが、鈴木氏は「死刑になったと拘置所では噂になっていた」とするばかりで、実際どうなったかは分からないままだ。

湯自身が「日本に帰ったら公開してください」と鈴木氏に託したという話になっているが、これは日本にとってはありがたい情報でも、中国にとっては「国を売る」に等しい行為だ。手間暇かけて日本の公安調査庁に送り込んだスパイの暴露。

しかも暴露したのは外交官という経歴の持ち主。発覚すればそれこそ死刑になっておかしくないだろう。偶然居合わせ、話ができたというのだが、考えるにつけ、どうも妙な話に思える。

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