【読書亡羊】「日中友好人士がスパイ容疑で逮捕・拘束」話題の本に残る二つの謎  鈴木英司『中国拘束2279日』(毎日新聞出版)

【読書亡羊】「日中友好人士がスパイ容疑で逮捕・拘束」話題の本に残る二つの謎 鈴木英司『中国拘束2279日』(毎日新聞出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


「日中友好人士」の末路

中国の無法、手口を知りたいという観点からいえば、保守派の読者にとって実に興味深い本であることは間違いない。

一方で、保守派であればこそ、先の疑問点以外にも気になる点もある。

鈴木氏は本人が本書につづっている通り、筋金入りの親中派で、いわゆる「日中友好人士」として長く過ごしてきた。中国対外連絡部の幹部と近しかったことが影響してか、中国外交部が所轄する外交学院や、国家安全部が所管する国際関係学院に在籍。国際関係学院では学生や職員同士の交流が禁じられ、アウディによる送迎付きの日々を送ったという。

さらに自身の親中ぶりは自ら次のように語るほどだった。

「日中双方の情報について理解を高めるとともに、私が中国側の主張に近い発言を日本でしていることが、中国側の私への協力がより強くなる要因だったのではないかと思っている。歴史認識問題、靖国神社への参拝問題、尖閣諸島の問題など、私は日本側の主張よりも、中国側の主張を日本の中で発言していた」

こうした、中国にとって使い勝手のいい「日中友好人士」が時代を経て逮捕・拘束されたとなれば、中国側の「スパイ摘発強化」といった事情の変化のみならず、中国国内の権力闘争、かつての「日中友好人士」が現在の中国にとってどういう存在になったのかなども影響しているに違いない。

ところが本書はもとより、各メディアのインタビューなどを見る限り、あまりこうした点で突っ込んではいないようだ(わずかに『正論』2023年6月号が権力闘争の影響に触れている)。

「拘束体験記」としての価値や読みごたえはあるし、どんな来歴があろうと日本人が不当に拘束された以上、日本政府や関係所管はしかるべき措置を取るべきだというのは言うまでもない。だが、「普通のビジネスマン」の拘束と、同様に考えていいものかどうか。

特に「公安調査庁に中国大物スパイ」との触れ込みには注意が必要だろう。毎日新聞社と毎日新聞出版が連携し、ともに社をあげて刊行や宣伝を後押しするには、どうも謎の残る一冊と言うほかないのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

関連する投稿


【読書亡羊】「麻辣強国」VS「マサラ強国」…米中印G3時代への準備はいいか  中川コージ『インドビジネスの表と裏』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】「麻辣強国」VS「マサラ強国」…米中印G3時代への準備はいいか 中川コージ『インドビジネスの表と裏』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】熊はこうして住宅地にやってくる!  佐々木洋『新・都市動物たちの事件簿』(時事通信社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】熊はこうして住宅地にやってくる! 佐々木洋『新・都市動物たちの事件簿』(時事通信社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】韓国社会「連帯」と「分断」の背景に横たわる徴兵制の現実とは  金柄徹『韓国の若者と徴兵制』(慶應義塾大学出版会)|梶原麻衣子

【読書亡羊】韓国社会「連帯」と「分断」の背景に横たわる徴兵制の現実とは 金柄徹『韓国の若者と徴兵制』(慶應義塾大学出版会)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは  西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウイグルに潜入したら見えてきた「中国の本当の姿」とは 西谷格『一九八四+四〇――ウイグル潜行』(小学館)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは  謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは 謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】今年最後に「アッパレ!」発言が登場|藤原かずえ

【今週のサンモニ】今年最後に「アッパレ!」発言が登場|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


夫婦でロシア入国禁止の理由とは?|石井英俊

夫婦でロシア入国禁止の理由とは?|石井英俊

民間人にまで及ぶ「ロシア入国禁止措置」は果たして何を意味しているのか? ロシアの「弱点」を世界が共有すべきだ。


おばあちゃんからのメッセージ|なべやかん

おばあちゃんからのメッセージ|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!信じるか信じないかは、あなた次第!


【蒟蒻問答】高市に期待するのはタブーへの挑戦|堤堯×久保紘之【2026年1月号】

【蒟蒻問答】高市に期待するのはタブーへの挑戦|堤堯×久保紘之【2026年1月号】

月刊Hanada2026年1月号に掲載の『【蒟蒻問答】高市に期待するのはタブーへの挑戦|堤堯×久保紘之【2026年1月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


ツキノワグマとどう向き合うか|永幡嘉之【2026年1月号】

ツキノワグマとどう向き合うか|永幡嘉之【2026年1月号】

月刊Hanada2026年1月号に掲載の『ツキノワグマとどう向き合うか|永幡嘉之【2026年1月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。