斬首作戦封じの核戦略
北朝鮮の核開発とその使用原則(ドクトリン)についても、本書は詳しく解説している。
2022年9月8日に採択された、北朝鮮の「核武力政策について」という法令は、巻末に全文が引用されている他、第4章でも解説がある。
「核兵器の使用条件」について危惧されるのは、新法令では「指揮系統が危機に瀕している場合、金正恩の直接命令がなくても作戦計画に沿って核を使うことができる」と定められていることだ。
井上氏は、これを「金正恩殺害をもくろむ米韓の斬首作戦を封じるもの」と説明している。金正恩がいなくなれば核攻撃を命ずる人がいなくなる、つまり危機が取り除かれると思われてきたが、これを防ぐために北朝鮮は「金正恩が排除されれば自動的に核攻撃を行う」と定めたことになるからだ。
さらには北朝鮮が、ロシアのエスカレーション抑止(限定的に核を使うことで他国の介入を阻止)や、パキスタンの非対称エスカレーション戦略(劣勢にあることを前提に、戦術核の先制使用態勢と意志を示すことで相手を抑止)などを法令に取り入れている点も指摘する。
これは兼原信克・太田昌克・高見澤將林・番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書)にも解説があった、北朝鮮の「核戦略への精通ぶり」を裏付けるものでもある。
核議論するならまずはここから! 兼原信克・太田昌克・高見澤將林・番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』(新潮新書) | Hanadaプラス
https://hanada-plus.jp/articles/978その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!
本書は淡々とした筆致で事実関係や専門家の解説、井上氏自身の指摘を重ねていく。ゆえに読めば一層、北朝鮮に対する危機感が強まる。
それは2022年10月に日本の警察・金融庁・内閣府サイバーセキュリティセンターが連名で異例の「名指し警告」を出した、北朝鮮のサイバー組織「ラザルス」についても言えることだ。
ラザルスはハッキングなどにより、他国の銀行の資産や仮想通貨を強奪しているとされる組織で、そのサイバー能力は「日本をはるかにしのぐ」とさえ言われる。
ご興味のある方はジェフ・ホワイト『ラザルス――世界最強の北朝鮮ハッカー・グループ』(草思社)も合わせてお読みいただきたい。こちらは偽札づくりから始まる北朝鮮の「技術」に対する姿勢、能力の進展をうかがうことができる。