日本が誇る大手食品メーカーに激震!ミツカン「種馬事件」①実子誘拐の地獄|西牟田靖

日本が誇る大手食品メーカーに激震!ミツカン「種馬事件」①実子誘拐の地獄|西牟田靖

「お前! 何者だと思ってるんだ、お前!! この場でサインをしなければ、片道切符で日本の配送センターに飛ばす」「中埜家に日本国憲法は関係ない」。日本が誇る大手食品メーカーが、婿に対してとんでもない人権侵害を行っていた――。2022年8月号に掲載され、大反響を呼んだ記事を特別無料公開!


父子引き離しという地獄

2022年1月13日(木曜日)、東京地裁の709号法廷(定員42人)は満席だった。原告の男性が立ち上がり、用意した文書を読み上げ始めた。

「ミツカンと創業家によって、組織ぐるみで息子と引き離され、3年間生き別れております。息子がどこにいるのかわからず、生きているのかすらわかりません」

「美和副会長は『あれは家と会社から追い出したほうがいい』と打ち合わせていました。また、和英会長は『片道切符で日本の配送センターへ飛ばせ』という趣旨の指示を部下に出していました。さらに、ミツカンの顧問弁護士らは、“親子引離し”の目的で、『会社として大輔を日本へ異動させる』ことをミツカンに助言していました」

「(打ち合わせの議事録には)、そこに座っておられる、森・濱田松本法律事務所の奥山健志弁護士・大野志保弁護士の名前が明記されています。今後、尋問の機会が頂けるのであれば、彼らに、『なぜ人事権を使って親子を引き離すようミツカンに助言したのか?』、直接お聞きしたいと思います」

名指しされたことに驚きうろたえたのか。被告人席の向かって左端の弁護士はメモの手を止め、一瞬、鬱陶しそうな表情をした。そして、何事もなかったように無表情な顔つきに戻し、視線を落として再びメモを取り始めた。

原告男性の名は中埜大輔さん。

2013年、大輔さんはミツカンホールディングス(以下ミツカン)会長の次女、聖子さんと結婚する。結婚を機会に婿入りし、ミツカンに入社。翌14年8月には男の子が誕生した。そのときの思いを、大輔さんはブログに次のように書いている。

「とにかく、僕は、妻が無事で、赤ちゃんも元気いっぱいでいてくれたことに、ホッとして、同時に、これまで味わったことのない幸福感を感じました。(ああ、僕も父親になったんだなあ。よし、家族は僕が守るんだ!)」

大輔さんは1980年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業したあと、金融業界を歩んだ。大手証券会社に就職したあと2008年に転職し、香港に移住。スイスの大手銀行でバンカーとしてのキャリアを重ねていった。

転機となったのは2012年5月。当時、勤務していた銀行の上司から見合いの話を持ち掛けられた。相手はミツカンの中埜和英会長(8代目)の次女、聖子さん(当時、ミツカン専務)だった。

ミツカンの創業は1804年。その歴史は、造り酒屋だったミツカンの初代・中野又左衛門(4代目から中埜に改姓)が、江戸の〝すし〟に目をつけ、酒粕を利用した〝粕酢〟造りに挑戦したことから始まる。

食酢、ぽん酢の国内シェアは約6割にものぼり、グループの売上高は2400億円超。その半数が北米をはじめとする海外での売上だ。聖子さんはその跡継ぎと目され、婿選びのため社内にプロジェクトチームが作られた。探し出した相手が大輔さんだったのだ。

「ミツカンの創業家一族である中埜家。その莫大な資産をいかにして引き継いでいくか。そのための候補としての第1条件、それは“海外に強い人”だったのでしょう。だから、香港でプライベート・バンカーをしていた私が候補として選ばれたのだと思います」

事業承継を含めた代々の資産を引き継ぐというファミリー企業向けの仕事を手がけていた大輔さんは、まさにうってつけの相手だったのだ。

「上司の顔を立てることができれば幸いだと思い、断る理由は何もありませんので、お受けしました」

結婚で提示された3条件

夫婦の仲を切り裂き、息子を奪った会長夫妻

見合いは香港の有名な中華料理店で行われた。その場には聖子さんの他、両親である和英氏・美和氏、さらには番頭格のH専務がやってきた。大輔さん側は彼と上司A氏、仲人としてミツカンとA氏とがっていたB氏が同席した。

彼女の第一印象を大輔さんは次のように振り返る。
「聖子さんは白いパンツスーツにショートカット姿で、色白なかわいらしい女性でした。緊張していたのか、あるいは早くもNGと思ったのか、笑顔はありませんでした」

会話は終始穏やかだった。旅行の話や香港の話、これまで食べた珍しい食べ物などが話題になり、相手方から根掘り葉掘り訊かれることがないまま、会食は終了した。大輔さんは「これで上司の顔を立てることができた」と安堵し、結果については期待していなかった。

ところが、その日のうちに上司からかかってきた電話の内容は、予想外のものだった。
「やったな。1次試験を突破したぞ。明日のランチはお前とお嬢さんの2人だけだ。よろしくな!!」

翌日、香港でデートとなった。2人の会話は盛り上がり、意気投合した。その後も中埜家側は乗り気で、結婚が既定路線となっていく。跡継ぎと目されている女性との結婚だけに、中埜家からは、
・キャリアを捨てミツカンに入社すること
・元々の苗字を捨て中埜の姓になること
という2点が提示された。

さらに次の条件も提示され、こちらには承諾のサインを求められた。
「申立人については、近い将来、中埜家がオーナーとして経営するミツカングループの役員として、十分な報酬が約束されています。従って、申立人の妻である中埜聖子に対する遺留分の放棄を申請いたします」

財産の遺留分放棄とは、配偶者が死亡した場合に財産を受け取れる権利の放棄である。聖子さんとともに築いていく未来に目が向いていたため、大輔さんはその条件も自然な流れとして受け入れる。

「彼女がミツカンの後継者であることについては、『とても大きな荷物を背負っている』と思いましたね。『1人で背負うのは大変だから、2人で背負って次世代に引き継ぐまで一緒に頑張ろう』と。彼女にはそう伝えました」

関連する投稿


石破新総裁がなぜ党員票で強かったのか|和田政宗

石破新総裁がなぜ党員票で強かったのか|和田政宗

9月27日、自民党新総裁に石破茂元幹事長が選出された。決選投票で高市早苗氏はなぜ逆転されたのか。小泉進次郎氏はなぜ党員票で「惨敗」したのか。石破新総裁〝誕生〟の舞台裏から、今後の展望までを記す。


青山繁晴さんの推薦人確保、あと「もう一息」だった|和田政宗

青山繁晴さんの推薦人確保、あと「もう一息」だった|和田政宗

8月23日、青山繁晴さんは総裁選に向けた記者会見を行った。最初に立候補を表明した小林鷹之さんに次ぐ2番目の表明だったが、想定外のことが起きた。NHKなど主要メディアのいくつかが、立候補表明者として青山さんを扱わなかったのである――。(サムネイルは「青山繁晴チャンネル・ぼくらの国会」より)


なぜ自民党総裁選で青山繁晴さんを支援するのか|和田政宗

なぜ自民党総裁選で青山繁晴さんを支援するのか|和田政宗

9月12日(木)に告示され、27日(金)に開票が行われる自民党総裁選。私が選対事務局長を務める青山繁晴さんは、8月23日に記者会見を行った。しっかりと推薦人20人を9月12日に確定できるよう頑張りたい。(写真提供/産経新聞社)


なぜ政府は南海トラフ「巨大地震注意」を出したのか?|和田政宗

なぜ政府は南海トラフ「巨大地震注意」を出したのか?|和田政宗

初めて発表された「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」に対して否定的な意見も多数あったが、政府が臨時情報を出したのは至極真っ当なことであった。(サムネイルは気象庁HPより)


南海トラフ「巨大地震注意」は至極真っ当な発表だ|和田政宗

南海トラフ「巨大地震注意」は至極真っ当な発表だ|和田政宗

8月8日、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表した。「国民の不安を煽るだけ」という否定的な意見もあるが、はたして本当にそうなのか。この情報をどう見ればよいか、解説する。(サムネイルは気象庁ホームページより)


最新の投稿


石破新総裁がなぜ党員票で強かったのか|和田政宗

石破新総裁がなぜ党員票で強かったのか|和田政宗

9月27日、自民党新総裁に石破茂元幹事長が選出された。決選投票で高市早苗氏はなぜ逆転されたのか。小泉進次郎氏はなぜ党員票で「惨敗」したのか。石破新総裁〝誕生〟の舞台裏から、今後の展望までを記す。


【今週のサンモニ】生産性なし、難癖ばかりの「アンチ自民党」放送局TBS|藤原かずえ

【今週のサンモニ】生産性なし、難癖ばかりの「アンチ自民党」放送局TBS|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


新総理総裁が直ちにすべきこと|島田洋一

新総理総裁が直ちにすべきこと|島田洋一

とるべき財政政策とエネルギー政策を、アメリカの動きを参照しつつ検討する。自民党総裁候補者たちは「世界の潮流」を本当に理解しているのだろうか?


【今週のサンモニ】「トランプ」と「ハリスさん」の使い分け|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「トランプ」と「ハリスさん」の使い分け|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは  ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

【読書亡羊】データが浮かび上がらせる「元自衛隊員」の姿とは ミリタリー・カルチャー研究会『元自衛隊員は自衛隊をどうみているか』(青弓社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!