「コピー天国」の功と罪
続いては、「中国はイノベーション大国となれるのか」を論じたジャーナリストの高口氏の論考だ。
「中国はパクるのがうまいだけ」「産業スパイが取り締まられれば技術革新も止まる」と一蹴するのは簡単だが、どっこい、そうはいかない中国の技術力と社会のしたたかさが、本稿からは垣間見える。
確かに、中国の市場にはiPhoneを丸パクリしたような製品や、見た目はスマホのようだが通話機能しかない製品などが流通していた時期はあった。だが、「コピー天国」だったというその土壌が、中国独自のシステム(「公開」という)を生み出し、収益に結びつけもした。
むしろ、利益を守るためにがちがちに固められた欧米の知財ルールの元では誕生し得ない、有機的なイノベーション環境が中国で生まれてしまった、という皮肉な状況も存在する。その話は本稿でも参考文献に挙げられる『ハードウェア・ハッカー 新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』(アンドリュー・〝バニー〟・ファン著、技術評論社)にも詳しい。
高口氏は今後の中国のイノベーションを左右する3つの要素を挙げており、その推移によっては中国の技術発展には急ブレーキがかかる可能性もある、と指摘する。
確かに、「知財ルールを無視し、『自由(勝手)』に技術を使えたからこそ発展できた」のが今の中国の技術周りであるなら、さまざまな面で「自由」を制限する習近平政権の動向は、人々の発想やアイデアにブレーキを掛けるものになり得るだろう。
安倍政権「対中外交」の裏と表
最後は、やはり気になる日中関係の今後だ。これは本書の主編者である東京大学大学院教授の川島真氏が担当している。
2022年は日中国交正常化から50年目の節目の年だったが、祝賀ムードは全くなかった。日本国民の対中感情も悪化の一途をたどり、川島氏も〈日中関係は極めて厳しい状況に直面している〉と書かざるを得ない現状にある。
川島氏は、日中関係の変化には5つの要因があるとして経済や安全保障、国際環境の変化などを挙げているが、この中で興味深いのは、第一次・第二次安倍政権の日中関係に対する姿勢だ。
もちろん第二次政権下では「自由で開かれたインド太平洋」という概念を提唱し、中国の海洋進出を牽制する理念と枠組みの必要性を訴えた。まさに「中国包囲網」で、安倍政権最大の功績といえる。
だが一方で、川島氏は〈二〇〇六年からの安倍政権も、国内の対中感情が極めて悪い中で、対中関係を改善しようとし〉たし、〈安倍政権は中国に「親しみを感じない」という圧倒的多数の民意を踏まえつつも、最終的には日中関係が大切だとする声に応えていくという路線を推進した〉と指摘する。
意外かもしれないが、実際にそうで、第一次安倍政権下の07年に当時の温家宝首相は天皇陛下に謁見し、国会演説を行っているし、第二次安倍政権下でも、コロナさえなければ習近平主席が来日し、やはり天皇陛下に謁見する予定になっていた。
つまり、安倍政権は安全保障や国際関係においては対中強硬ともみられる枠組みを提唱しながら、日中2国間では本来なら保守派が反発するほどの対中融和外交を実施していたのだ。