ペロシ米下院議長の訪台(8月2~3日)に伴い、台湾を威嚇する中国の軍事演習が実施されたが、中国が同時に行った非軍事面での「攻撃」にも注目すべきだ。軍事力と非軍事的手段を複合的に組み合わせた「ハイブリッド戦」への備えを我が国も加速させる必要がある。
まず2日夜、中国国営メディアは「人民解放軍空軍のSu35が台湾海峡を横断した」と報じた。これに対して台湾国防部(国防省)は「事実でない」と否定した。偽情報を流布して相手国民を恐怖に陥れ、社会を混乱させようとする「認知戦」は、中国の常套手段である。偽情報に対してはタイムリーに当局が真実を公表する必要があるが、台湾国防部の公式サイトはサイバー攻撃により4日早朝から夜まで機能を停止した。
機密情報公開の事前調整を
ロシアのウクライナ侵攻に際しては、米英両国がロシアの偽情報を打ち消すため、自ら収集した機密情報を積極的に公開した。しかし、機密情報の公開にはデメリットも伴う。
1983年に大韓航空機が旧ソ連空軍機によって撃墜され、当初ソ連は例によって偽情報で事件への関与を否定した。撃墜時、現在は防衛省情報本部に属する稚内通信所がソ連機と地上との交信を傍受しており、その音声を米政府に提供し、国連安保理で公開した。そのため当時のグロムイコ・ソ連外相も大韓航空機撃墜を認めざるを得なくなった。
しかし、事件後、ソ連は交信電波に暗号をかける等の対抗措置を取ったため、稚内通信所ではソ連軍機の交信を傍受できなくなった。
機密情報を公開するには、事前に政府が情報機関と何をどこまで公開すべきかを調整しておく必要がある。事が起きてからタイムリーに政府が正しい情報を出すためには、平素からシミュレーションが必要だ。
また、相手国が仕掛けてくるサイバー攻撃には、日本政府が基本原則とする「専守防衛」で対応できない。常日頃からサイバー攻撃者のアトリビューション(帰属)を特定して備えておかなければ、攻撃してきた相手国を非難できないし、相手国を攻撃できなければ抑止も不可能である。
同胞拘束と貿易制限も武器に
3日、中国国家安全局は中国沿岸部の浙江省で台湾人男性を拘束した。2010年に尖閣諸島の日本領海内で海上保安庁巡視船に体当たりした中国漁船の船長を海保が拘束した際も、中国は国内で働いていた建設会社フジタの日本人社員4人を拘束した。
当時、中国は日本が必要としているレアアース(希土類)の輸出を制限したが、今回も中国は、台湾産かんきつ類の輸入を停止し、中国産の天然砂の輸出も停止した。日本の多くの中国研究者、政治家、企業家が主張するように中国との「協働」を深化させれば、それだけ中国に乗じる隙を与えることになる。(2022.08.08 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)