台湾をリムパックに招かないのは遺憾だ|太田文雄

台湾をリムパックに招かないのは遺憾だ|太田文雄

3月末にバイデン政権が公表した「国家防衛戦略」のファクトシート(概要説明文)は「中国に対する抑止強化」をうたっている。リムパックへ台湾を招かなかったことは、これに沿った措置とは到底思えない。


米政府は6月29日から8月4日まで行われる環太平洋合同演習(リムパック)の参加国をこのほど公表したが、この中に台湾は含まれていなかった。リムパックは米海軍主催で2年に一度実施されるもので、2022会計年度の米国防権限法は今年のリムパックに台湾を参加させるようバイデン政権に促していた。また、2020年に台湾の当時の厳徳発国防部長(国防相)も参加に意欲を示していた。それだけに、台湾が今回招かれなかったのは残念である。日本の立場からしても、軍事的に極めて遺憾な措置であった。

多国間の枠組みでのみ可能な日台海軍交流

日本の海上自衛隊と台湾海軍が二者間で合同演習を行うことは、今の政治環境下では不可能である。しかし、リムパックのような多国間演習に台湾海軍が参加することは、主催者の米国が招待すれば可能であり、それによってデータ・リンクによる台湾海軍と海上自衛隊のリアルタイム・コミュニケーションが確立できる絶好のチャンスであった。

台湾海軍の主力艦は、米海軍から取得したキッド級駆逐艦4隻とライセンス生産によるオリバー・ハザード・ペリー級フリゲート艦8隻で、リアルタイムに戦術図が共有できるデータ・リンク11を保有している。海上自衛隊の護衛艦もほとんどがリンク11を装備している。従って、米海軍が共通の暗号を供与しさえすれば、台湾海軍と海上自衛隊は、例えば中国人民解放軍海軍の強襲揚陸艦の位置情報などを共有できる。これは軍事的に見れば大きなステップである。

思えば、海上自衛隊が1980年に初めてリムパックへの参加が許された時、それまで自衛隊にはタブーであった多国間演習が可能となり、これによって憲法解釈上禁じられていた集団的自衛権の行使に風穴を開けることができた。

米国が共和党政権であったなら

仮に米国が民主党でなく共和党の政権であったら、台湾のリムパック参加問題にどのような判断をしただろうか。

2014年に人民解放軍海軍を初めてリムパックに招待したのは民主党のオバマ政権であった。共和党のトランプ政権になって、2018年5月、米政府は同海軍のリムパック招待を取りやめた。当時、米国防総省で対中政策の実務の中心を担うインド太平洋安全保障問題担当次官補は、中国に厳しい認識を持つランディ・シュライバー氏(シンクタンク「プロジェクト2049」の現会長)であった。

同じ2018年にトランプ政権は、米国の陸・空軍士官学校と海軍兵学校に留学している台湾軍人に軍服着用を許可している。こうしたことから見て、今の政権が共和党なら、民主党のバイデン政権と異なる判断をしていたのではなかろうか。

3月末にバイデン政権が公表した「国家防衛戦略」のファクトシート(概要説明文)は「中国に対する抑止強化」をうたっている。リムパックへ台湾を招かなかったことは、これに沿った措置とは到底思えない。(2022.06.13国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

「日本は報復措置を覚悟しろ!」――ロシア外務省はなぜ「ロシア後の自由な民族フォーラム」に対して異常ともいえる激烈な反応を示したのか。


イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。


今にも台湾侵略が起きてもおかしくない段階だ|和田政宗

今にも台湾侵略が起きてもおかしくない段階だ|和田政宗

台湾をめぐる中国軍の「異常」な動きと中国、ロシア、北朝鮮の3国の連携は、もっと我が国で報道されるべきであるが、報道機関はその重要性が分からないのか台湾侵略危機と絡めて報道されることがほとんどない――。台湾有事は日本有事。ステージは変わった!


親日国パラオに伸びる中国の〝魔の手〟|和田政宗

親日国パラオに伸びる中国の〝魔の手〟|和田政宗

パラオは現在、中国による危機にさらされている。EEZ(排他的経済水域内)に海洋調査船などの中国公船が相次いで侵入しており、まさに日本の尖閣諸島周辺に近い状況となっている――。(サムネイルは筆者撮影)


バイデン政権の対中宥和外交の危険|島田洋一

バイデン政権の対中宥和外交の危険|島田洋一

バイデン政権発足以来の悪しきパターンであり、気候変動こそが安全保障上最大の脅威という誤った認識(最大の脅威は明らかに中国共産党政権だろう)を掲げる同政権が、一段と対中宥和的方向に動くことが懸念される。


最新の投稿


【レジェンド対談】出版界よ、もっと元気を出せ!|田中健五×木滑良久

【レジェンド対談】出版界よ、もっと元気を出せ!|田中健五×木滑良久

マガジンハウスで『BRUTUS』『POPEYE』などを創刊した名編集者・木滑良久さんが亡くなりました(2023年7月13日)。追悼として、『文藝春秋』で「田中角栄研究」を手掛けた田中健五さん(2022年5月7日逝去)との貴重な対談を『Hanada』プラスに特別公開! かつての出版界の破天荒さ、編集という仕事がどれだけおもしろいのか、そして木滑さんと田中さんがどのような編集者だったのかを知っていただければうれしいです。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃|松木國俊

日本側の慰安婦問題研究者が、「敵地」とも言うべき韓国に乗り込み、直接韓国の人々に真実を訴えるという、大胆で意欲的な企画が実現した。これまでになかった日韓「慰安婦の嘘」との闘いをシンポジウムの登壇者、松木國俊氏が緊急レポート!


ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

「日本は報復措置を覚悟しろ!」――ロシア外務省はなぜ「ロシア後の自由な民族フォーラム」に対して異常ともいえる激烈な反応を示したのか。


【今週のサンモニ】日本国民に対する卑劣なヘイトと差別|藤原かずえ

【今週のサンモニ】日本国民に対する卑劣なヘイトと差別|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。今週はやたらと「ヘイト」「差別」といった言葉が飛び交いました。


イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。