西側メディアの情報だけを鵜呑みにすると…
日本人の多くは、狂ったプーチンが無謀な戦争を起こし、国際社会で孤立した挙句、国内でも権力基盤を失って自滅すると信じているようだが、そうならない場合も想定する冷静さを失ってはならない。
たとえば、前述のように、キーウとハルキウを攻め落とせなかったのは誤算に見える。包囲すればゼレンスキーが亡命して政権が崩壊するという目論見が外れたのは事実かもしれない。そして、プーチンには大ロシア帝国回帰の野望があったことも間違いない。
プーチンの論文を読めば、プーチンの野望は、軍事的合理性よりも、歴史観、宗教観に基づくことがわかる。しかし、2014年からウクライナ軍を立て直すNATO担当者だったジャック・ボー元スイス参謀本部大佐が指摘するように、ロシアは最初から危険な市街戦をするつもりはなく、南南東のウクライナ軍を破壊するという主目的を果たすためにウクライナ軍を分断し、背後から攻撃させないための陽動作戦であったという見方もある。
さらに、ロシアが戦力を分散して侵攻したことが軍事的にあり得ない愚行であるとほとんどすべての専門家が口を揃えるが、分散奇襲攻撃は昔からロシアが得意とする戦法であるという。
ジャック・ボー氏は3月25日の段階で南南東に集結していたウクライナ軍は3方から侵入したロシア軍に作戦通りに包囲され、いわゆる「クラマトルスクの大窯」のなかで少しずつ無力化されていると指摘するが、西側メディアでは絶対に報道されない。
つまり、ジャック・ボー氏が指摘するのは、ロシアの軍事思想は西側のそれとは根本的に異なるのにもかかわらず、西側の専門家は西側の常識だけで状況を判断し、西側メディアがそれを伝えるので、正しい状況を把握することは非常に困難なうえ、視聴者をミスリードするというのだ。
実際、ジャック・ポー氏の論考をグーグルで検索しても見つけられず、DuckDuckGoで検索したら出てきた。
「ロシア擁護派」というレッテル
フランスの歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は、ロシアについて完全に予想が外れたことが2つあると指摘している。ひとつは、軍事的に想像していたほど強くなく、大きな損害を出したこと。もうひとつは、逆に脆弱だと思われていた経済が想定外に強く、一旦暴落したルーブルも制裁前のレベルに回復し、国内情勢も落ち着いていることだ。
制裁による需給ひっ迫でエネルギー価格が上昇を続ける一方で、ドイツを始めとするEU諸国はロシアからの天然ガス輸入を続けているし、中国やインドが輸入量を拡大しているから、ロシアの収入が大きく落ち込むことはなかった。逆に制裁に回った国々が急激なインフレに見舞われている。
ロシアの軍事的な弱さとしては、多くの指揮官の戦死が象徴的に伝えられるが、騎馬隊を本流とするロシアの機甲部隊にとって指揮官は師団長であろうと、たとえ戦死しても先頭を走るのが誇りなので、指揮官の戦死は珍しくないとの見方がある。
また、旗艦モスクワの撃沈がロシア軍の大苦戦を印象付けたが、キーウやハルキウとは対照的に、ロシア軍は南東部のマリウポリは明らかに占領する前提で猛攻撃をかけ、すでに占領。東部のドンバスの支配地域を拡大し、南部のクリミアの北部を水源地として確保し、その2つを繋ぐ黒海沿岸部分とマリウポリを占領すれば、ロシアは戦略的目標の完遂と勝利を宣言できるだろう。
ウクライナは大きいので、これでもヨーロッパの一国ぐらいの面積に相当してしまう。ロシアはこれを新たな緩衝地帯とし、ノヴォロシア(新ロシア)と呼ぶことになるかもしれない。
そして、ゼレンスキー政権とNATO不加入などを条件に停戦合意する。ゼレンスキーは逃亡せずに奮戦したヒーローとして称賛され、政権を維持するか、あるいはイスラエルなどの外国に亡命し、ウクライナの西側ではポーランドの影響が強まるかもしれない。
ロシアからヨーロッパへの天然ガス輸出は継続し、徐々に拡大して元の水準に戻る。ノルドストリーム2も使用開始される。アメリカの軍需産業は莫大な利益をあげる。こういうシナリオも想定しておかねばならない。
しかし、このように複眼的な視点を持って考察し、意見を述べるとロシア擁護派だとレッテルを貼られる。ロシアをひたすら敵視し、好戦的な言動を保持しないと非国民呼ばわりされてしまうのがいまの日本だ。