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瀬戸内みなみの「猫は友だち」

これやこの名にし負う猫島・相島

■猫はどこにでもいる、のだけれど

猫は珍しい動物ではない。むしろどこにでもいる、ありふれた生き物である。

それなのになぜ、ひとは猫を見かけると「あっ、猫だ!」と叫び、それが昼寝をしていたりじっと座っていたりでもしようものならほぼ間違いなくスマホを取り出し、真剣に写真を撮るのであろうか……?

これは私が、日本全国に点在する「猫島」と呼ばれる島々を訪ねるたびに、いつも浮かぶ疑問である。猫島というのは、徒歩で一周できるくらい小さくて、そこに住む人の数より猫の数の方が多いような島を指すことが多い。ただはっきりした定義があるわけではなく、お天気のよい休日なんかに、ふらっと出かけて猫と遊んだり写真を撮ったりしたいなーと思ったときに思い浮かべるような島を、おもにネット住民が勝手にそう呼んでいるだけのことである。

もっとも私も、そんな珍しくもない動物を見るために、もの好きにも日本全国あちこちに出かけてしまうのであるが。あそこにたくさん猫がいるよ、と聞くと、いそいそと。 

さて有名な猫島はいくつもあれど、なかでも私が特別だと思うのは、やっぱり相島(あいのしま)である。福岡県新宮町の沖合にあって、博多駅からも割に交通の便が良い。

「猫ちゃん、抱っこできたー! かわいいー!」

ああやはり今日も、親に連れられて来た子どもが飛び跳ねてはしゃいでいる。年の頃5、6歳だろうか。でも坊っちゃん。あなたの住む町にも間違いなく猫がいるでしょう、たぶんノラ猫も……。

いやもちろん、そういう問題ではない。もしかすると、人間以外の動物が自分と同じ空間にいるのを見ることで、ひとは孤独を癒されてホッとするのかもしれない。ましてやその動物たちが、自分を恐れず、猫じゃらしで一緒に遊んでくれ、たまには抱っこさえもさせてくれるのだとしたら。私も自宅で複数の(数は秘匿)猫を飼育しているのにも関わらず、よその猫を見に出かけていくのだから、まったくひとのことは言えない。

 

 

■人間300人、猫100匹の島

というわけで私が相島に何度目かの訪問をしたこの日。それはたまたまゴールデンウィークの初日で、思った通り、島へ渡ろうとする観光客がとても多かった。

対岸の渡船乗り場には1時間前から長蛇の列、並んでいないと乗れないのだ。町営の定期船側も心得たもので、いつもより係員を増やして対応している。それでも、島側の切符売り場で働いている山田あゆみさんによると、

「今年はすごいわー。去年までのゴールデンウィークも人が多かったけど、初日からこんなに船が満杯ということはなかったもん」

とのことだ。

相島の人口は現在300人ほど、そして猫は100匹ほどいるといわれている。私の今回の訪問目的は、西南学院大学准教授・山根明弘先生主催、「長崎の町ねこ調査隊塾」企画の「ねこ合宿」に参加すること。

山根先生は生物学者で、相島の猫たちを長年調査して生態を研究してきた猫博士として有名だ。著作に『ねこの秘密 (文春新書)』(文春新書)など。

長崎の町ねこ調査隊塾はその名の通り、猫が多いことで知られる長崎市で猫の実態を調査し、人間社会との共生を考える団体である。ねこ合宿はそういった「猫界のひとびと」が集まり、親睦を深めるという真面目な催しなのだ。もちろんそこに、新鮮なお刺身やサザエ、ウニなど山盛りの海の幸にビールに日本酒という宴会がつきものなのは、致し方のないことである。

それにしても。私が初めて島を訪れた1年半ほど前から今日までの間の、島の変化には本当に驚かされる。来るたびに、目に見えて何かが変わっているのだ。どんどん雰囲気が明るく、賑やかになっている気がする。猫島と呼ばれ始め、島外から猫を目的にひとが来るようになったのはもっと数年前からで、申し訳ないけれどもはっきり言ってそれまでは、よくあるさびれかけた漁村に過ぎなかったはずなのだが。

船から降りると目の前にはお祭りのようにのぼりを立てて飲食店が並んでいる。テラスのついた大きなカフェも新しく建ったし、町営の観光案内所も移転してきれいになった。美味しい地元の定食屋さんにも相変わらず行列ができている。確か以前は魚をさばく作業場だったと思った小屋が、軽食屋さんになっている。少し奥には民家を改装したかわいいカフェ&ギャラリーができていたし、なんと今度新しくできるというお寿司屋さんが、内装工事の真っ最中だったところにも出くわした。

けれどもここに、猫ブームに便乗していっちょ一儲けしてやろうといった、ギラギラした商売っ気がほとんど感じられないのは不思議である。どちらかというと、来てくれるひとがいるからおもてなししよう、という感じなのだ。

島のひとたちも、猫たちも、以前と変わらずフレンドリーである。

「今年4月から、島の小・中学校で『漁村留学』の受け入れを始めたんよ」

と切符売り場のあゆみさんが教えてくれたのは、私にとっては大ニュースだった。だって、楽しい話ではないか。

「島の小学生は5人、中学生は7人やったところに、対岸の町から15人、毎日船で通学してくることになったんよ。

天候が悪くて船が欠航になったら、『留学生』は島のひとの家に泊まるんやけどね。みんな泊まるほうが楽しいって、帰りたくないっていいよると」

ひとが集まるというのは、こんなにも空気を変えてしまうものなのか。

もうひとつ、NHKの人気動物番組『ダーウィンが来た!』で一昨年と昨年、合計3回にわたって相島の猫を特集したのも、島の知名度を上げるのに大きな貢献をしたと思われる。番組で主人公になった茶トラの「コムギ」は新しいアイドル猫だ。観光案内所には、寄贈されたコムギの人形が飾られていた。

■猫と人の、ここちよい距離感

夜。ひととおり海の幸を堪能しお腹いっぱいビールを飲んだ「ねこ合宿」の面々は、恒例の調査に出発した。いわゆる猫の集会など、夜の猫の実態を調べるためだ。といいつつ、それは多分に人間の腹ごなし散歩である。

相島には素泊まりの旅館が一軒あるだけなので、猫を見に来た観光客はほぼ例外なく、日帰りする。だからしんと静かなのだが、実は夜のなかには、猫の他にも多くのひとがいる。それは夜釣りをするひとたち。本来、相島はずっと昔から、猫ではなく釣り場として有名で、夜通し釣りをする客たちが一年を通じて訪れるところなのだ。

満月の近い、明るい夜だ。酔っぱらいの「ねこ合宿」メンバーはほろほろと海沿いの道を歩いていく。風もない、寒くもない、いい季節である。

長く伸びた堤防沿いに釣り客が並んで、その間に猫たちが座っているのが見える。小魚をもらえるのを待っているのだ。

いい光景だなあ、と酔った頭で考える。相島が特別だと思えるのは、やっぱりこの距離感だ。

猫もひともお互いに、特別なことはしない。それでいてお互いに、心地よい距離でそこにいることができる。それはひととひととの関係も同じこと。いや、ひと同士の関係がそうだから、猫ともそうなのか。

もちろんこの島も、人間の天国ではない。だから当然、猫の楽園でもない。そんなものはこの世には存在しないのだから、当たり前のことだ。どんなに平和に見えても、ヨソ者には伺えない部分があるのに決まっている。

それでもなんとかして、ひとは心地よく生きていくことはできるのだろう。相島にその答えがあるとはいわないが、そんな希望を持つことができるのかもしれない。ここを訪れるひとは、だから増えているのではないだろうか。

海に小さな波が立って、月の光に輝いている。今夜はぐっすり眠れそうだ。いやいや、それとももうひと飲み、してしまうかもしれない。

 

 

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著者略歴

  1. 瀬戸内みなみ

    作家 広島県生まれ。上智大学文学部卒業。会社勤務などを経て、小説、ノンフィクションなどを手掛けている。テーマは猫と旅と日本酒。著書に『にっぽん猫島紀行』(イースト新書)。

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