これやこの名にし負う猫島・相島|瀬戸内みなみ

これやこの名にし負う猫島・相島|瀬戸内みなみ

瀬戸内みなみの「猫は友だち」 第1回


人間300人、猫100匹の島

というわけで私が相島に何度目かの訪問をしたこの日。それはたまたまゴールデンウィークの初日で、思った通り、島へ渡ろうとする観光客がとても多かった。


対岸の渡船乗り場には1時間前から長蛇の列、並んでいないと乗れないのだ。町営の定期船側も心得たもので、いつもより係員を増やして対応している。それでも、島側の切符売り場で働いている山田あゆみさんによると、


「今年はすごいわー。去年までのゴールデンウィークも人が多かったけど、初日からこんなに船が満杯ということはなかったもん」


とのことだ。


相島の人口は現在300人ほど、そして猫は100匹ほどいるといわれている。私の今回の訪問目的は、西南学院大学准教授・山根明弘先生主催、「長崎の町ねこ調査隊塾」企画の「ねこ合宿」に参加すること。


山根先生は生物学者で、相島の猫たちを長年調査して生態を研究してきた猫博士として有名だ。著作に『ねこの秘密 (文春新書)』(文春新書)など。


長崎の町ねこ調査隊塾はその名の通り、猫が多いことで知られる長崎市で猫の実態を調査し、人間社会との共生を考える団体である。ねこ合宿はそういった「猫界のひとびと」が集まり、親睦を深めるという真面目な催しなのだ。もちろんそこに、新鮮なお刺身やサザエ、ウニなど山盛りの海の幸にビールに日本酒という宴会がつきものなのは、致し方のないことである。


それにしても。私が初めて島を訪れた1年半ほど前から今日までの間の、島の変化には本当に驚かされる。来るたびに、目に見えて何かが変わっているのだ。どんどん雰囲気が明るく、賑やかになっている気がする。猫島と呼ばれ始め、島外から猫を目的にひとが来るようになったのはもっと数年前からで、申し訳ないけれどもはっきり言ってそれまでは、よくあるさびれかけた漁村に過ぎなかったはずなのだが。


船から降りると目の前にはお祭りのようにのぼりを立てて飲食店が並んでいる。テラスのついた大きなカフェも新しく建ったし、町営の観光案内所も移転してきれいになった。美味しい地元の定食屋さんにも相変わらず行列ができている。確か以前は魚をさばく作業場だったと思った小屋が、軽食屋さんになっている。少し奥には民家を改装したかわいいカフェ&ギャラリーができていたし、なんと今度新しくできるというお寿司屋さんが、内装工事の真っ最中だったところにも出くわした。


けれどもここに、猫ブームに便乗していっちょ一儲けしてやろうといった、ギラギラした商売っ気がほとんど感じられないのは不思議である。どちらかというと、来てくれるひとがいるからおもてなししよう、という感じなのだ。


島のひとたちも、猫たちも、以前と変わらずフレンドリーである。


「今年4月から、島の小・中学校で『漁村留学』の受け入れを始めたんよ」


と切符売り場のあゆみさんが教えてくれたのは、私にとっては大ニュースだった。だって、楽しい話ではないか。


「島の小学生は5人、中学生は7人やったところに、対岸の町から15人、毎日船で通学してくることになったんよ。


天候が悪くて船が欠航になったら、『留学生』は島のひとの家に泊まるんやけどね。みんな泊まるほうが楽しいって、帰りたくないっていいよると」


ひとが集まるというのは、こんなにも空気を変えてしまうものなのか。


もうひとつ、NHKの人気動物番組『ダーウィンが来た!』で一昨年と昨年、合計3回にわたって相島の猫を特集したのも、島の知名度を上げるのに大きな貢献をしたと思われる。番組で主人公になった茶トラの「コムギ」は新しいアイドル猫だ。観光案内所には、寄贈されたコムギの人形が飾られていた。

猫と人の、ここちよい距離感

夜。ひととおり海の幸を堪能しお腹いっぱいビールを飲んだ「ねこ合宿」の面々は、恒例の調査に出発した。いわゆる猫の集会など、夜の猫の実態を調べるためだ。といいつつ、それは多分に人間の腹ごなし散歩である。

相島には素泊まりの旅館が1軒あるだけなので、猫を見に来た観光客はほぼ例外なく、日帰りする。だからしんと静かなのだが、実は夜のなかには、猫の他にも多くのひとがいる。それは夜釣りをするひとたち。本来、相島はずっと昔から、猫ではなく釣り場として有名で、夜通し釣りをする客たちが1年を通じて訪れるところなのだ。

満月の近い、明るい夜だ。酔っぱらいの「ねこ合宿」メンバーはほろほろと海沿いの道を歩いていく。風もない、寒くもない、いい季節である。

長く伸びた堤防沿いに釣り客が並んで、その間に猫たちが座っているのが見える。小魚をもらえるのを待っているのだ。

いい光景だなあ、と酔った頭で考える。相島が特別だと思えるのは、やっぱりこの距離感だ。

猫もひともお互いに、特別なことはしない。それでいてお互いに、心地よい距離でそこにいることができる。それはひととひととの関係も同じこと。いや、ひと同士の関係がそうだから、猫ともそうなのか。

もちろんこの島も、人間の天国ではない。だから当然、猫の楽園でもない。そんなものはこの世には存在しないのだから、当たり前のことだ。どんなに平和に見えても、ヨソ者には伺えない部分があるのに決まっている。

それでもなんとかして、ひとは心地よく生きていくことはできるのだろう。相島にその答えがあるとはいわないが、そんな希望を持つことができるのかもしれない。ここを訪れるひとは、だから増えているのではないだろうか。

海に小さな波が立って、月の光に輝いている。今夜はぐっすり眠れそうだ。いやいや、それとももうひと飲み、してしまうかもしれない。

関連する投稿


【猫は友だち・番外編】「上高地を守るひとびと」 |瀬戸内みなみ(ライター)

【猫は友だち・番外編】「上高地を守るひとびと」 |瀬戸内みなみ(ライター)

美しい大自然に出合える上高地。しかし、その自然は、地元の人々の絶え間ざる努力によって保たれていた――。


林真理子さんが感服! 村西とおる「有名人の人生相談『人間だもの』」

林真理子さんが感服! 村西とおる「有名人の人生相談『人間だもの』」

「捨て身で生きよう、と思える一冊。私の心も裸にされたくなりました」(脚本家・大石静さん)。「非常にいい本ですね、ステキ」(漫画家・内田春菊さん)。そして村西とおる監督の「人生相談『人間だもの』」を愛する方がもうひとり。作家の林真理子さんです。「私はつくづく感服してしまった」。その理由とは?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑮これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑮これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑭これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑭これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑬これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑬これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


最新の投稿


【今週のサンモニ】コメの生産性向上と輸入自由化を目指せ|藤原かずえ

【今週のサンモニ】コメの生産性向上と輸入自由化を目指せ|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


日本国は宗教に冷淡|上野景文(文明論考家)

日本国は宗教に冷淡|上野景文(文明論考家)

統一教会への解散命令で、政教分離のあり方に注目が集まっている。 日本の政教分離は、世界から見てどうなのか――。


From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

Political conservatives in Japan have entered into a season of re-sorting.


【我慢の限界!】トラックの荷台で隊員を運ぶ、自衛隊の時代錯誤|小笠原理恵

【我慢の限界!】トラックの荷台で隊員を運ぶ、自衛隊の時代錯誤|小笠原理恵

米軍では最も高価で大切な装備は“軍人そのもの”だ。しかし、日本はどうであろうか。訓練や災害派遣で、自衛隊員たちは未だに荷物と一緒にトラックの荷台に乗せられている――。こんなことを一体、いつまで続けるつもりなのか。


【今週のサンモニ】「過激な平和主義者」の面目躍如、日本学術問題報道|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「過激な平和主義者」の面目躍如、日本学術問題報道|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。