【読書亡羊】悪用厳禁! テック的で洗練された政治活動 ユリア・エブナー『ゴーイング・ダーク―12の過激主義組織潜入ルポ』(左右社)

【読書亡羊】悪用厳禁! テック的で洗練された政治活動 ユリア・エブナー『ゴーイング・ダーク―12の過激主義組織潜入ルポ』(左右社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


Getty logo

白人主義者にもISISにも通じる「見た目主義」

興味深いのは、彼ら過激主義組織の幹部たちが「外からの視線」を大いに気にしているところだ。

例えば第10章で取り上げているネオナチの音楽イベントで名前があがる人物は、「感じのいいネオナチになるためのセミナー」を開いているという。あるいは第9章で紹介されるアメリカの極右組織は「見た目がパッとしない者(病的に太っている、醜いなど)は、イベントに出てこず、家で自分磨きをしろ」とのルールを定めている。

思想を広め、仲間を集めるためには構成員や組織イメージが洗練されている方がよく、また「いざ、行動に移す」その時までは世間から危険視されない方が得策だ、との考えが垣間見える。

こうした「見た目重視」の傾向はISISにも通じるという。「主流の考えに抵抗しつつも、文化的最先端を行っている、クールなカウンターカルチャーである」というブランディングの結果なのだ。

ダサくてよかった? 日本の政治運動

翻って日本はどうか。例えば「感じのいいネトウヨになるためのセミナー」など、開いても誰も受講しないだろう。かつて日本にも「愛国的男女のための出会い系サイト」が企画されたこともあったが、すぐに見なくなった。

そもそも保守や右派の活動に「クールさ」は皆無と言っていい。街宣右翼は言うまでもないが、ネット上で保守的・右派的とみなされる政治宣伝をしているアカウントやサイトを見ても、洗練されたデザイン性の高いものはむしろ避けられる傾向にある。

「SNSなどによる煽動」はあっても、それが「何らかの組織への勧誘」に繋がっているケースは少なく、そうしたものは保守や右派という思想をはるかに飛び越えた「陰謀論」的サークルの方がうまく使っている。

比較的若い構成員が目立った、ネットで集まった人たちによる保守系・右派系の組織と言えば、2011年に発生したフジテレビ抗議デモや在特会のような「行動する保守界隈」が挙げられる。だが、こうした組織はむしろ「いかにもな振る舞い」を取り続けているし、「若者」がいても主体になることはなく、当然のことながらクラブやロックイベントとは全くの無縁だ。

むしろ、欧米の過激主義組織が用いる「クールなカウンターカルチャー」感の演出は、リベラル側と相性がいい。2015年、安保法案に即興ラップで反対を示した学生団体「SEALDs」や、「選挙フェス」を挙行した社会活動家の三宅洋平氏らがそれにあたる。

とはいえ、リベラル派・左派が全体的に洗練されているかと言えばそうでもなく、安倍政権下では「アベ政治を許さない」の筆文字をラミネート加工したバッジをカバンにつけた高齢者をよく見かけたものだった。「憲法9条を守る」という意味のデザイン性の高いバッチを付けた若者もいたが、「変える」ではなく「守る」ための若者の政治運動には火がつきづらい。

これまた「欧米青年と比べた日本の若者の欠点」同様、日本の政治運動全般に見られる「ダサさ」は、「欧米に学んで洗練されるべきもの」として挙げられかねない。だが、長所になる性質は、裏返せば副作用を生む可能性があることを知っておかねばなるまい。

政治運動はダサくてアナログなくらいでちょうどいいのかもしれない。

関連するキーワード


梶原麻衣子 書評 読書亡羊

関連する投稿


【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か  ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

【読書亡羊】悪用厳禁の書! あなたの怒りは「本物」か ジュリアーノ・ダ・エンポリ著、林昌弘訳『ポピュリズムの仕掛け人』(白水社)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ!  長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ! 長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め!  山口航『日米首脳会談』(中公新書)

【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め! 山口航『日米首脳会談』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】戦後80年、「戦争観」の更新が必要だ  平野高志『キーウで見たロシア・ウクライナ戦争』(星海社新書)、仕事文脈編集部編『若者の戦争と政治』(タバブックス)

【読書亡羊】戦後80年、「戦争観」の更新が必要だ 平野高志『キーウで見たロシア・ウクライナ戦争』(星海社新書)、仕事文脈編集部編『若者の戦争と政治』(タバブックス)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか  エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【天下の暴論】怒れ!早稲田マン!|花田紀凱

【天下の暴論】怒れ!早稲田マン!|花田紀凱

28年間、夕刊フジで連載され、惜しまれつつ終了した「天下の暴論」が、Hanadaプラスで更にパワーアップして復活!


【天下の暴論】私と夕刊フジ②|花田紀凱

【天下の暴論】私と夕刊フジ②|花田紀凱

28年間、夕刊フジで連載された「天下の暴論」。最後の3回で綴った夕刊フジの思い出を再録。


【天下の暴論】私と夕刊フジ③|花田紀凱

【天下の暴論】私と夕刊フジ③|花田紀凱

28年間、夕刊フジで連載された「天下の暴論」。最後の3回で綴った夕刊フジの思い出を再録。


【予告】「天下の暴論」Hanadaプラスで復活!|花田紀凱

【予告】「天下の暴論」Hanadaプラスで復活!|花田紀凱

28年間、夕刊フジで連載され、惜しまれつつ終了した「天下の暴論」が、Hanadaプラスで更にパワーアップして復活!


【天下の暴論】私と夕刊フジ①|花田紀凱

【天下の暴論】私と夕刊フジ①|花田紀凱

28年間、夕刊フジで連載された「天下の暴論」。最後の3回で綴った夕刊フジの思い出を再録。