アフガン退避作戦難航の根源に戦後体制|田久保忠衛

アフガン退避作戦難航の根源に戦後体制|田久保忠衛

アフガニスタンからの邦人等退避措置をめぐって見当外れの政府批判は御免被りたい。問題の根源は深いところにあるのだ。


外務省も防衛省も頭が痛いだろう。アフガニスタンからの邦人等退避措置をめぐって、日本大使館員は現地の邦人を置き去りにして逃げた、自衛隊派遣が遅かった、救出できた邦人は1人だけだったなど、マスメディアからさんざんたたかれ、これから野党の追及も始まるだろう。が、見当外れの政府批判は御免被りたい。問題の根源は深いところにあるのだ。

空白の10日間

アフガニスタン情勢を観察していて気付くのは、7月8日にバイデン米大統領がいきなり8月31日までの米軍の完全撤退を発表した後、タリバンが攻勢を強め、次から次へと支配地域を拡大した急な流れだ。

外務省は8月12日に、米情報機関が90日以内にカブール制圧の可能性があると分析したとの報を知ったようだが、非常事態対応の中軸である国家安全保障会議(NSC)はこの時点で邦人救出策の検討をしたのか。したとすれば、どのような報告を最高司令官である菅義偉首相に上げたのか。

防衛相が自衛隊に対し、外務省から輸送の依頼があった場合に速やかに実施できるよう準備開始を指示したのは8月22日だ。この10日間の事情には安全保障上の機密があるだろうから、詳つまびらかにできないにせよ、いかにものんびりし過ぎていないか。

自衛隊法第84条の4にある「輸送を安全に実施することができると認めるとき」という条件や、第84条の3に規定された「保護措置」の諸条件を考えると、自衛隊機派遣には苦渋に満ちた決断があったと想像できる。

問題の本質は、重箱の隅をつつくような法律論ではない。「軍事」を拒否した憲法、特に第9条、そこから生まれる「専守防衛」や、文民統制の誤った解釈など、自衛隊にこれでもか、これでもかとばかりの縛りをかけてきたのは誰か。自衛隊はカブール空港に着いても他国の軍隊並みの活動はできない。法律で制限されているのと、自衛隊自体が警察法体系を採る特殊な組織だからだ。

自衛隊を正式な軍隊に

戦前の軍隊の反動で、振り子は極端に左へ振れ過ぎた。これを正すには憲法を改めるしかないのだが、現状は自衛隊の存在を憲法に明記するとの自民党案にすら、与党の一部と野党が反対している。小さな島国の党争とは無関係に、国際情勢は動いている。戦後体制のシンボルである日本国憲法では対応できない大波にどう立ち向かえるのか。アフガニスタンと同じケースはこれからも発生するだろうが、自衛隊を「軍隊」に近づける努力をしないと、日本は他国にすがるだけのみじめな事態から抜け出せない。

困難な条件下で、任務を忠実に遂行した自衛隊には敬意を表したい。(2021.09.06国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


NHK受信料や電気代を「自腹」で支払う自衛隊員の悲哀|小笠原理恵

NHK受信料や電気代を「自腹」で支払う自衛隊員の悲哀|小笠原理恵

自衛官候補生採用案内には「入隊後は宿舎での生活となります。居住費はかかりません」と書かれているが、果たして本当なのか。電気ポットや冷蔵庫の電気代だけではなく、テレビがないのにNHKの受信料も徴収されていた――。


日本はいま最大の危機にある|岩田清文

日本はいま最大の危機にある|岩田清文

「台湾有事は日本有事」……安倍総理の警告が、いまや現実化しつつある。 いま、日本になにができるのか。陸自トップだった岩田清文氏の新刊『中国を封じ込めよ!』から「はじめに」を全文公開!


米韓合意で際立つ非核三原則の非常識|田久保忠衛

米韓合意で際立つ非核三原則の非常識|田久保忠衛

日韓両国にとって最大の同盟国の米国がどれだけ「衰退」しているかは、わが国ではあまり議論されない。今やNATOに高まっているのは国防費をGDP比3.5%に引き上げようといった議論であり、日本は自由主義諸国の中でも後れを取っていることにどうして気付かないのか。


日本よ、「一国平和主義」を完全に捨てよ!|和田政宗

日本よ、「一国平和主義」を完全に捨てよ!|和田政宗

日本も独自にウクライナを支援しているが、果たして十分な支援と言えるのだろうか。国民の間において、「人を殺傷するような武器の輸出までするのはどうか」という疑問があるが、「日本だけが守られ、平和であればそれで良い」という考え方はもはや通用しない。


日本共産党の大いなる矛盾「自衛権は認めるが、常備軍は認めない」|小笠原理恵

日本共産党の大いなる矛盾「自衛権は認めるが、常備軍は認めない」|小笠原理恵

日本共産党が一貫した護憲政党であったと考えている人は多いが、実は憲法制定時に猛反対したのが共産党である。つまり、「憲法9条を守れ!」ではなく、「憲法9条を変えろ!」と主張していたのだ。なぜ共産党はこれを転換したのか。(サムネイルは日本共産党公式YouTubeより)


最新の投稿


LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

LGBT法案 迷走する自民党の内幕|和田政宗

特命委員会の役員は「懸念点は国会で十分な審議をし、払拭する」と党内の会議で我々に述べていたが、衆院内閣委員会での質疑は、10分×8会派で1時間20分、修正案についても約40分の計2時間だった――。


【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

入管法改正案についての報道が相次いでいる。そのトーンは反対一色。難民を認定しない日本政府や入管は悪、翻弄される外国人は善――という非常に単純化された報道ばかり。その一方、不良外国人の迷惑・犯罪行為に困る地元住民の声はほぼ封殺されたままだ。


原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

柏崎刈羽原発で東電の社長を厳しく追及し、社員のやる気をなくさせているのが現在の原子力規制委の山中伸介委員長。電力事業者の取り組みがうまくいかないのは、規制委の采配が下手だからだ。我が国でも米国のように、規制委の抜本的改革が必要である。


広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

お祭り騒ぎや日本式のおもてなしではどうにも片付かない冷厳な現実が待ち受けている。己を知らない国に救いはない。