習近平国家主席の中国共産党創設100周年式典における演説を報道した日本のメディアは「台湾」の部分を見出しに取った。ケチをつけるわけではないが、習主席は1時間余りの演説の最後の方でごく短く台湾に触れたにすぎない。強い表現と言えば、「いかなる『台湾独立』のたくらみも断固として粉砕し、民族復興の明るい未来を共に創造しなければならない」という箇所だけだ。
これを「いつもの表現」と受け取るか、大きなニュースと解釈するかは記者の感覚の問題だが、私には新しさは感じられなかった。習主席は「国家主権と領土保全を守るという中国人民の決意と意志と能力を誰も見くびってはならない」と続けたが、いつも使っている陳腐な表現にうんざりさせられた。
「鋼鉄の長城」に驚きはなし
どぎつい言い方として、「我々をいじめ、抑圧し、従属させようとする者は、14億人超の中国人民によって築かれる『鋼鉄の長城』にぶち当たるだろう」という部分が一部の新聞で取り上げられた。これまた至極当たり前の考えで、原爆攻撃を受けて「過ちは繰り返しませぬから」という碑文を残す日本人の方が異常ではないだろうか。
習主席は太平天国の運動、戊戌の変法、義和団の運動、辛亥革命などいずれも失敗に終わった革命の力を束ね、それにマルクス・レーニン主義を取り入れたのが「中国の特色ある社会主義」だと演説の中で強調している。中国の領土を侵した列強に対して「鋼鉄の長城」を築こうとするのは、誠に正当だ。
26年前の1995年8月に中国が核実験を行った際、当時の林貞行外務次官が中国の徐敦信駐日大使を呼び、抗議した。その時の徐大使の発言に「中国は列強の侵略を受けたが、その中で一番大きな被害を与えたのは日本だ。中国人民は苦しい歴史の中から、自分の国が弱ければいじめられるとの教訓を得た」というのがあった。この発言は習演説の中心になる部分と重なるのではないか。
イメージチェンジ図る?中国
米国のトランプ前政権の対中政策はオバマ元政権と明確に異なった。軍事、政治、経済、技術、宗教、少数民族などあらゆる分野での中国との全面対決だ。バイデン政権は今のところ、対中政策に関する限り前政権を踏襲している。しかも対中批判は米国から先進7カ国(G7)、北大西洋条約機構(NATO)へと拡大しつつある。開発途上国はともかくとして、先進国の間で中国は全くの孤立状態だ。
6月5日に新華社通信が伝えたところによると、習主席は5月の共産党の会議で、「自信を示すだけでなく、謙虚で、愛され、尊敬される中国のイメージづくりに努力しなければいけない」と語り、対外発信の強化を図るよう訴えたという。今回の比較的穏やかに思える演説にその影響が出ていないだろうか。戦略・戦術に長(た)けた国だから、外交政策の軟化を意味するとは限らないが、習演説の調子は居丈高でない。(2021.07.05 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)