【著者インタビュー】編集長も三度泣いた! 下山進『アルツハイマー征服』

【著者インタビュー】編集長も三度泣いた! 下山進『アルツハイマー征服』

治療法解明までの人類の長い道全世界で約5000万人の患者とその家族が苦しむ「アルツハイマー病」は、がんと並ぶ治療法が未解決の病。だが研究が進み、現在ついに希望の”光”が見えてきた――発症した患者、その家族、治療薬を開発する研究者たち……いくつものドラマが重なる治療法解明までの長い道のりを描いた、傑作サイエンス・ノンフィクション!


――日本に目を向けると、エーザイの研究者、杉本八郎の話もドラマチックでしたね。

下山 高卒でエーザイに入り、夜学で中央大学の学士をとる。母親が認知症になって助けたいという思いから、薬の創薬に取り組んだ人です。対症療法薬ですが、「アリセプト」という薬を90年代に開発する。

そんな人物なのに、ある時突然、人事部に左遷されてしまう。筑波の研究所を出ると雪が降っていて、ふらふらになりながら、高校卒業以来ずっと研究し続けてきた自分が研究者でなくなる、そんな自分が想像できなかったと言っていました。

――なぜ、内藤晴夫社長はそんな人事をしたんですか?

下山 直接インタビューで訊きました。内藤さん曰く、「はっちゃん(杉本)は薬を二つあてている。これで(運を)使い果たしたかなと思って……」とのことでした。

――それが理由で飛ばされたとしたら、ちょっとかわいそう(笑)。

下山 「そもそもアリセプトをすごいものだと認識していなかった」とも言っていましたね。

――それでも内藤さんが偉いなと思ったのは、アリセプトのFDA(米食品医薬品局)の承認がおりたら、出張先の香港から国際電話でいの一番に杉本さんに自分で連絡したことです。

杉本さんも社長の口から伝えられるとは思わず、家で奥さんに報告した時に喜びが湧き上がってきた。奥さんの「信じてやってきたかいがあったねえ」という言葉を読んで、ここでも泣いたな(笑)。

下山 内藤晴夫という人は、そういう面もある、親分肌なんですね。

彼がエーザイの筑波の研究所に副所長としてきた時に、研究室を1室から6室にわけて競争させて、それによって研究が大いに進んでいった。朝7時30分にはみんな出社して、夜9時に内藤さんが各室を見回る。彼がいなければ、エーザイは現在のように世界の製薬会社にはなっていなかった。

――杉本さんはアリセプトが承認されることで7年ぶりに研究所に戻ってくるんですが、若い研究者たちはもうかつてのような猛烈な働き方をしなくなっていた。そういう時代の変化もよくわかる。

下山 杉本さんはいまも自分で会社を作って、創薬をしています。いま化合した薬が、ようやくフェーズ2の費用が工面できた。承認までいくのに12年はかかる。「そうすると、自分は90歳。これはちょっとすごいでしょ」と言っていましたが、本当にすごい人物です。

エーザイの研究者、杉本八郎。彼なくして「アリセプト」はない。

内藤晴夫の賭け

――製薬会社の「特許の崖」というものも初めて知りました。

下山 新薬の特許の存続期間は申請後20年。特許が切れた薬は、どの製薬会社も同じ化合物を作って売ることができる。いわゆるジェネリックです。当然、値段は安くなり、売上も縮小する。

特許を申請するのは薬が承認された時ではなく、化合物が発見されたらすぐに出すので、実際に売れるのは14、5年。アリセプトのおかげでエーザイはグローバル企業になりましたが、特許が切れてからの3年間で売上は2000億円強も減ってしまった。

――どの製薬会社も同じ条件とはいえ、かなり厳しいですね。その20年の間に人も設備も大きくなっていますし、何とか次の新薬を開発しないと会社自体が駄目になってしまう。

下山 製薬会社のバランスシートを見ると、開発の費用のパーセンテージがものすごく大きい。売上の2割は占めています。

だから開発途中で失敗したら、それで会社が無くなってしまうこともある。デール・シェンクがいたエラン社もその一つです。

――企業経営者にとっては賭けみたいなもの。それでも新薬を開発しようと思う情熱はなんでしょう?

下山 多くの会社はそれなりにリスク分散しています。ただ、エーザイは特異で、売上規模は世界の製薬会社の20位くらいで、いろいろな分野でコマを張るわけにはいかないから、思い切ってガンとアルツハイマー病の創薬にだけ絞る決断を特許の崖のさなかの2010年代にしました。これは内藤晴夫という経営者でなければできなかった賭け。

――その賭けは勝てる?

下山 まさにそれが、アデュカヌマブの承認可否にかかっています。3月7日に結果が出るはずでしたが、1月29日、共同開発しているバイオジェンにFDAが追加の治験データ提出を求め、結果の出る期限が三カ月延長されました。

――何のデータ?

下山 「アデュカヌマブ」のフェーズ3は、2019年3月、前年12月までの治験データを「中間解析」(途中のデータを確認し、治験を続けても無意味だと判断したらここでやめる)をして、実は一旦中止になっているんです。

ところが、その12月から3月までの間も治験は行われており、そのデータがあとから入ってきたことで結果が逆転し、承認申請にいたるわけですが、問題は治験を途中で打ち切られた3000人余の治験者でした。バイオジェンは、希望する治験者には薬の投与を続けることにした。

その第三の治験が2020年8月から始まっていて、今年の1月で24週のデータが集まる。このデータを提出したのではないか――というのが私の推論です。

もちろん駄目になる可能性もありますが、わざわざ追加データを求めるのだから、承認される可能性は十分にあると見ています。

病気の人を救いたい

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