バイデンは、国防長官に黒人のロイド・オースティン退役陸軍大将を指名した。当初、オバマ政権で国防次官を務めた白人女性のミシェル・フロノイが有力視されたが、意外な人事となった。
フロノイは、民主、共和を問わず、国防エスタブリッシュメント(既存エリート層)の間で、安定度が買われてきた人物である。その分、反軍平和主義的かつ非介入主義的な左翼方面においては、「相も変わらずアメリカを遠方の戦争に巻き込みかねない人物」と危険視されてきた。また民主党の黒人議員団幹部から、要職を白人ばかりで固めるのは許されないとの不満の声も上がっていた。
「要職」を大統領が欠けた場合の継承順位で測ると、副大統領を1位として、以下、下院議長、上院仮議長に続いて、閣僚では国務長官、財務長官、国防長官、司法長官(以下省略)の順となる。
バイデンは国務にブリンケン(ユダヤ系白人男性)、財務にジャネット・イエレン連邦準備制度理事会(FRB)前議長(白人女性)を当てた。ならば次の国防くらいは黒人を、というわけである。 「黒人の少女」という生い立ちを強調してきたハリスを副大統領予定者としているが、検事出身のため、「貧困によって犯罪に追い込まれた黒人を容赦なく刑務所に放り込んできた」というイメージがつきまとううえ、特権富裕層を顧客に財を成した白人弁護士と熟年結婚したこともあり、黒人低所得層の間であまり人気がない。ハリスで「黒人枠」を満たしたと思うならとんでもない、という感覚である。
その点、オースティン国防長官予定者は紛れもない黒人である。ただ陸軍出身で最終ポジションが中央軍司令官(中東地域をカバー)だったため、中国を主敵に海空軍、宇宙軍、核ミサイル戦力中心の戦略を構築すべき時代の要請にそぐわない、という人事権者のバイデンに向けた批判も少なからず出ている。
問題はバイデンの野心
第2回大統領候補テレビ討論会(10月22日)の場で、バイデンは北朝鮮問題に関してトランプを厳しく批判した。 「彼は北朝鮮の政権に正統性を与えた。親友だというあの悪党(thug)にだ。結果的に状況は好転したとトランプは言うが、実際は、北朝鮮のミサイル技術は向上し、以前よりはるかに容易にアメリカ領土に届くようになった」
そして、対北交渉の条件にこう触れている。 「私が金正恩と会うとすれば、核ミサイル能力の縮小という条件付きだ。朝鮮半島は非核地帯にならねばならない。トランプは金正恩とよい関係を結んだと言うが、ヒトラーが侵略を始める前、われわれはよい関係を持っていた。オバマ政権は非核化を持ち出すし、北に正統性は与えないし、制裁もどんどん強めていくと明確にした。だから彼は我々に会おうとしなかったのだ」。
これに対しトランプは、大統領の引き継ぎに当たって、「オバマは北朝鮮が最大の問題で、このままいけば戦争になると言った。私は混乱状態(mess)を引き渡された」と副大統領だったバイデンの無為を批判した。
ここで、オバマ時代の対北政策を簡単に振り返ってみよう。2009年1月の政権発足当初、オバマは食糧支援を呼び水とした米朝交渉開始を模索した。しかし、北が同年4月5日に長距離ミサイル(テポドン2号)発射、5月25日に二度目の核実験と立て続けに挑発してきたため、以後は「戦略的忍耐」を合言葉に、米側から交渉を求めない姿勢を取った。
もっともその間、一定の圧力は掛けている。まず同年6月12日に、武器運搬疑惑がある北朝鮮船舶への貨物検査などを規定した(ただし武力による強制は含まない)国連安保理決議1874号を成立させ、早速、具体的行動を起こした。
たとえば7月初旬、ミャンマー向けの武器を積んだと見られる北の船舶を米海軍が追跡監視し、結局同船はどこにも入港できないまま帰港した、といった事例である。
こうしたオバマ政権の対応は、「圧力は対話を阻害する」と考えるコンドリーサ・ライス国務長官、クリストファー・ヒル次官補コンビの主導で制裁全般を緩め、北の不法行為を黙認したブッシュ長男政権の末期よりは遥かにましであった。
バイデン政権が、同様に制裁の抜け穴ふさぎに努めるならば、現状より対北圧力が強化されることになろう。期待したい点である。
問題は、バイデン政権が、北の「段階的」非核化を交渉によって実現しようとの野心を抱いて動き出した時である。バイデンの場合、実務協議を国務省に委ねる可能性が高い。国務省は体質的に交渉のための交渉に走りがちで、相手に「協議を打ち切る」と凄まれると反射的に譲歩を考える傾向がある。