マスコミの総務省忖度?
不思議なことに、この判決に対する全国紙の社説は、ほぼ事実を伝えることにとどまり、そこに強い主張は見られない。元鳥取県知事の片山善博氏は「一般に行政訴訟では、国に寄り添った判決が下されることが稀ではない」と記しているが、まさかマスコミまでが総務省を忖度したわけではなかろう。
考えられる理由のひとつに、判決が分かりづらかったことがあるのではないか。大阪高裁の判決文は複雑難解で、何故、過去を遡った除外に問題がなかったのか、そこから容易に読み取ることはできない。
判決は関係者だけに向けて言い渡されるものではない。国の形をつくる道標ともなるものだ。であれば、義務教育を修了した人間が、努力をすれば理解できる内容であるべきで、社会人が何度読んでも理解できない判決など、大阪高裁は国民に説明責任を果たしているとは言い難い。
一方、全国紙とは違い地方紙の社説は、一貫して総務省に厳しい内容だった。
「判決は、総務省が後出しジャンケンで自治体を統制することにお墨付きを与えた」。(京都新聞)
「対等であるべき国と地方の有り様に禍根を残した」(南日本新聞)
「言うことを聞かない自治体への見せしめがまかり通れば、地方自治の萎権を助長しかねない」(神戸新聞)
その論調からは、財源難にあえぐ地方が、強制力のない助言に従ってでも国に頼らざるを得ない、苦しい事情がにじみ出てくるようだ。
問題の根幹は地方交付税である。地方交付金は、地方に代わって国が所得税、酒税、法人税、消費税、たばこ税の5税を国税として徴収し、自治体間の財源の不均衡を調整するために再分配する税金だ。
地方にとっては自主財源であるが、再分配の調整権は国がもつので、いつまでたっても地方は国に頭があがらない。
私自身も特別職ではあるが過去に10年間、地方公務員を務めていたことがあり、その間に問題を痛感した。
当時の身分は大阪府の人事委員会委員長で、人事委員会の最も大きな仕事は、知事に対して職員の給与を勧告することである。
大阪府には、警察官を含めると5万人強の公務員がいたが、公務員バッシングの時代でもあった。民間出身者として、府民にわかりやすい給与制度をつくることを目的に仕事していたつもりだったが、そこに現れたのが橋下徹知事である。
参った橋下知事の提案
選挙公約のひとつが、「人事委員長との対話」で、本人に会って話してみると求められたのは、「大阪府の職員の給与を、倒産前の不動産ブローカーと比べること」であった。
当時大阪府は、臨海埋め立て地域の開発に多額の赤字を出していた。知事は「大阪府は、いまや倒産前の不動産ブローカーと同じ。彼らと同じ水準で給与を考えるべきだ」と言いたかったのだろう。
これには、さすがの私も参ってしまった。倒産前の不動産ブローカーの給与と府職員の給与を比べることの妥当性よりも、まず調査する術が無い。そこで考えついたのが、賃金センサスを使った民間給与との比較だった。
給与勧告の仕組みを簡単に言うと、従業員50人以上の企業を選び出し、職種別に給与台帳を調べて平均値を出す。それを同等の仕事をする職階の公務員の給与と比較して差額をだすものである。
毎年、国の人事院が出した官民給与実態調査の結果を参考に、地域の民間企業の賃金調査を行い、その結果を分析して知事に勧告をする。精緻な調査分析であるが、それだけに複雑で透明性に欠けるという難点がある。
一方、賃金センサスは厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめたもので、事務所が属する地域、規模別に、雇用形態や就業形態、職種や性別、年齢、学歴などの労働者の属性別に賃金の実態を明らかにしており、厚労省のサイトでも公表されている。
透明性も高く、一般になじみも深い上、府民の理解も得やすい。知事の真の意図もそこにあるのではないか。
そこで、まず賃金センサスが使えるか否かの研究を始めることにした。
初めは事務局の激しい抵抗にあったが、改革マインドを持った課長らの働きで半年後、何とか使えるのではないか」という結論に達した。
しかし、最終的には厚生労働省の協力がなければ結果は出せない。そこで全国の人事委員会から国に要請しようと、大阪府が会長を務める連合会などで提案したが、そこでの反応はほとんど得られなかった。
周辺に聞けば、「そんなことをしたら地方交付金を減らされる」というのが、そのおおかたの理由とのことで、別に公務員給与を減らそうというわけではない、国民に分かりやすい制度を考えてみようというだけなのに、主体的に行動を起こすこともできない地方の姿勢に、本当にこのような環境で人が育つのか、心配になったものだった。
それだけ「地方交付金」は地方を縛り付けているのだ。