ここからがスタート
泉佐野市のふるさと納税問題は、多くのことを投げかけた。まずは、2000年に施行された地方分権一括法で、国と地方が「上下・主従」から「対等・協力」の関係になったこと。
強制力を持った「指導」に代わって、従うかどうかの判断を自治体にゆだねる「技術的助言」や「勧告」などの仕組みがつくられたことを、我々に思い出させてくれた。
分権法の成立時に、国と自治体の新しい関係を保証するためにつくられた国地方係争処理委員会の存在も、多くの人が初めて知ったに違いない。
あれからちょうど20年。この問題をきっかけに、国と地方の関係がどれくらい対等になったのか、検証をしていかなければ、リモートワークも多極連携型の国造りも絵にかいた餅になってしまう。
安倍首相は、コロナの国難を「集中から分散へ、日本列島の姿を根本から変える大きなきっかけだ」と表明しているが、東京一極集中の是正は、歴代どの内閣も成果をあげられなかった政策のひとつだ。鍵となるのが、中央から地方への予算と権限の委譲である。
おりしも泉佐野市と総務省の間には、特別交付金をめぐる争いも残っている。特別交付金は、地方交付金のうち財源不足を補う普通交付金とは別に、自然災害時などに充てるため交付される資金で、毎年12月と3月に分配される。
その特別交付金を、泉佐野市は昨年12月分で、4億3202万円から710万円に減額された。
原因は、総務省が特別交付金の算定に、ふるさと納税の寄付収入を含めるよう省令改正したことによるもので、泉佐野市は「(法律ではなく)省令で定めることのできるのは算定方法だけで、新たな項目を追加することはできない筈」と、見直しを求めて大阪地裁に提訴している。
交付税の算定を含む地方財政は、複雑で一般にはなじみにくい。いや地方公務員法を含める行政法の体系そのものが、自治体職員にとってすら分かりづらく、専門とする研究者も法曹も多くはいない。
しかし予算の分配は、国・地方の関係の根幹にかかわる基本問題である。社会全体でしっかりと見つめていかなければ、次の20年も地方分権は一歩も進まない。
そして忘れてならないのは、それが日常からどんなに離れたところにあっても「法は法」であること。たとえ小さな逸脱でも見逃してしまえば、やがて亀裂が大きなひび割れとなって水亀を壊してしまうように、法治国家の佇まいが壊れてしまうこともある。最高裁の判定は、法の軽視をも戒めた重い内容であった。
最高裁の判決が下った翌日に、総務省は泉佐野市の新制度への復帰を認めた。これまでも法に違反していなかったことを主張してきた泉佐野市が、よもや復帰後に法令を遵守しないとは考えにくいので、ふるさと納税問題はこれで一見落着したように見えるが、国と地方の関係をめぐる議論は、ここからがスタートだ。
人口たった10万人の小さな自治体が、よくも悪くも国中の注目を集め、最高裁まで争ったこの問題を、どちらが「悪かったか」だけで終わらせてはいけない。マスコミには今後も、事の本質を見極めた議論で世論をリードしてもらいたい。
著者略歴
株式会社インターアクト・ジャパン代表取締役。1952年3月、大阪府に生まれる。1975年3月、追手門学院大学文学部社会学科卒業。1982年3月、個人で翻訳活動を開始。1985年12月、株式会社インターアクト・ジャパン設立。2009年から2015年まで国立大学法人・和歌山大学の理事・副学長を務める。一般社団法人関西経済同友会常任幹事。