総裁選から2カ月後、チベットのダライ・ラマ法王14世が訪日し、国会の参議院議員会館内で講演した。このとき安倍氏は法王歓迎の言葉をつぎのように始めている。
「私は今日この場に、チベット問題を考える国会議員有志の1人として、ではなく、自由民主党総裁として参りました」
この言葉に、当時すでに10年以上チベット問題を取材していた筆者は目頭が熱くなった。
このさらに半年前、まだ党総裁に返り咲く前の安倍氏は、盟友である古屋圭司氏、衛藤晟一氏らが結成した「日本ウイグル国会議員連盟」の最高顧問にも就任していた。中国政府が、外国の干渉を最も嫌がる2つの民族問題《チベット・ウイグル問題》へのコミットを、日本の総理経験者が堂々と宣言するとは思いも寄らず、大変嬉しく誇らしかった。
ダライ・ラマ法王との面会の1月(ひとつき)ほどあと、「尖閣諸島魚釣島への公務員常駐を検討」と記した政策集を掲げ、自民党は総選挙に圧勝、安倍氏は総理大臣にも返り咲いた。その後の安倍外交は見事の一言だった。
壊滅寸前だった日米関係を立て直し、平和安全法制を成立させて同盟を進化させると同時に、世界の多くの国との間で首脳外交を展開した。これにより日本の評価を上げ、G7サミットでは自ら「センター」の役割を担って、事実上の「中国包囲網」を敷いていったのである。
しかしこの間、尖閣への公務員常駐の件は棚上げされ続けた。そして、「漁船衝突事件」から10年が経ついま、ついに日本の漁船が中国の武装公船に逐われる事態となったのだ。安倍総理は尖閣海域の防衛に関し、「圧倒的対処をしているが詳細は言えない」としている。
「圧倒的対処」の中身は筆者も仄聞しており、総理の言葉を信じてはいるものの、目前の「結果」は、10年前と比べ著しく悪化している。
10年でずいぶん高くなった尖閣界隈の波とともに、チベット人、ウイグル人の苦難がわが国の未来図となって押し寄せてきている。いまこそ、総理の力強い「言葉」を聞きたい。そう思う国民は私だけではあるまい。
(初出:月刊『Hanada』2020年7月号)
著者略歴
ジャーナリスト。1962年生まれ。東京外国語大学卒業。旅行雑誌編集長、上場企業の広報担当を経験したのち独立。現在は編集・企画会社を経営するかたわら、世界中を取材し、チベット・ウイグル問題、日中関係、日本の国内政治をテーマに執筆。ネットメディア「真相深入り! 虎ノ門ニュース」、ニッポン放送「飯田浩二のOK! Cozy Up」レギュラーコメンテーター。著書に、『「小池劇場」が日本を滅ぼす」(幻冬舎)、『リベラルの中国認識が日本を滅ぼす―日中関係とプロパガンダ』(石平氏と共著、産経新聞出版)、『「日本国紀」の副読本 学校が教えない日本史』(百田尚樹氏と共著、産経新聞出版)、『「日本国紀」の天皇論 』(百田尚樹氏と共著、産経新聞出版)など。