「台湾が共産中国になっても構わない」?
本書を読んでいて驚くのは、教会やメディアや大学、さらには行政機構を加えたアメリカの各組織や、組織を構成するエリート階級の人々のネットワークへの敵意である。ヤーヴィンから見ればこれらは「大聖堂」と化していて、絶対性を帯びてきたのだという。
エリートたちは「民主主義」という響きの良い言葉の裏で、能力主義や実力主義を発明し、少数で世の中を支配しようとしてきた。
つまりアメリカは「誰もが努力次第でと見や権力を得ることができる国」ではなく、事実上の寡頭制となっている。にもかかわらず、民主主義的な手続きを経ているかのように振る舞うことで、判断も行動も後れを取る。これでは中国には勝てない。ならば「ネオ君主制」を取るべきだ、とヤーヴィンは言う。
タイトルにもなっている「ネオ君主論」とは、受動的で手続きを重んじる行政組織のあり方を批判し、CEOが強力な権限を持つ民間企業のような「責任ある君主制」を推すことを指す。本書を読みながら、絶対的権力を国家のリーダーに与えてしまって大丈夫なのか、とトランプ大統領の顔が浮かぶことは間違いない。
実際、ヤーヴィンの論理に沿うように、トランプ政権は行政を官僚機構から大統領の手に取り戻すべく権限強化を図るとともに、議会や司法のチェック機能も無効化しようとしている。
「独裁的に見える民間企業だって、取締役会が解任できる」とヤーヴィンは述べるが、実際の君主制では、自主的な退任以外ではクーデターや革命、議会からの圧力によってその座を追われることになるのであり、取締役会のようにすんなりとはいかないのではないか、など疑問は尽きない。
それでも、アメリカの為政者に影響を与えるヤーヴィンが、中国を警戒していることには日本としては少し安心したい……ところなのだが、実際のところ、ヤーヴィンはこうも述べている。
重要なのは、中国の台頭が他国を搾取する方向ではなく、良きグローバル・シチズンとして振る舞うことが自国の利益になるよう、外部から適切に抑制されることである。


