靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑
終戦記念日の8月15日を目前に、高市総理は靖国参拝を行わない方向で調整に入ったとの報道が流れた。総理就任前には「参拝を取りやめるから(中国や韓国が)つけあがる」として参拝の意志を示していたこともあったが、当日を迎えるにあたり報道通り不参拝(日本武道館の駐車場から〝遥拝〟はした)の判断に至った。
靖国に参拝する意義と周辺国との外交関係をはかりにかけ、後者が重いとするならばそれは時の政権や総理の判断に委ねる他ないわけだが、口から出た言葉が結果的に「ハッタリ」になってしまうのは、それはそれで国益を損なう。
「口では強いことを言うけれど、結局最後は日和る」と思われれば、言葉の重みや凄味は目減りし、誰も相手にはしなくなるからだ。
一方、高市総理は8月15日の武道館での全国戦没者追悼式には出席し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑への献花も例年通り行われた。靖国もごく近くにあるのだが、歴代政権においても靖国がスキップされる状況が続いている。
ただし、靖国を参拝する人たちの中には、逆のパターンのスキップ現象もある。靖国には行くが、千鳥ヶ淵には行かないというものだ。かくいう筆者(梶原)も、「初参拝」の時期は靖国と千鳥ヶ淵とで何年ものズレがある。読者諸氏の中にも「靖国には何度も言っているが、そういえば千鳥ヶ淵には行ったことがない」という人もいるかもしれない。
戦死者、戦没者に対する慰霊という行為において、あたかも靖国と千鳥ヶ淵が二者択一、あるいは対立関係にあるような状況は望ましくない。しかも、もともと千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、海外で言うところの「無名戦士の墓」に相当する施設として構想されたという。
こうした解説を手軽に読むことができる一冊として、林英一『戦争記憶の歩き方――東京・九段のフィールドワーク』(彩流社)をご紹介したい。
靖国の大灯篭と「徴兵保険会社」の関係
筆者の林氏は、『残留日本兵』(中公新書)や『南方抑留』(新潮新書)など、海外の戦地に派遣された兵士たちの動向を研究してきた歴史学者。靖国にほど近い場所にある二松学舎大学で准教授を務めるなかで、学生たちを連れて九段周辺のフィールドワークを行っている。本書はその成果をコンパクトにまとめたものだ。
フィールドワークに登場するのは靖国や遊就館、千鳥ヶ淵、武道館などの他、北の丸公園や昭和館、しょうけい館と戦争と関係する施設に加え、戦争画を多く収蔵する東京国立近代美術館も含まれる。
また、九段からは少し離れた新宿に位置するため「補章」として「帰還者たちの記憶ミュージアム」も登場する。学生とともに、お互いに質問を交わす形式を通じて各施設が紹介されるため、読みやすい上に一緒に九段周辺を回っている雰囲気を味わうことができる。
筆者(梶原)にとっては靖国と遊就館はいわば「勝手知ったる」場所だが、それでも大いに発見がある。例えば靖国の敷地内にある陸軍と海軍の大灯篭。「徴兵保険会社」が奉納したというのだが、本書ではこの徴兵保険会社について詳しく説明されている。

