「暗黒啓蒙」とは何か
「トランプ政権に多大な影響を与えている暗黒啓蒙(闇の覚醒)の提唱者」というと、何やら得体のしれない恐ろしいカルト的な人物を想像してしまう。だが、その実態は〈近代自由民主主義を反動的に批判〉し、〈権威主義的かつ階層的な統治、理想的にはハイテク企業型の君主制への回帰を目指す〉ものだという。
『ネオ君主論――民主主義の敗北とテック右派の時代』(大野和基訳、PHP)の著者であるカーティス・ヤーヴィンは、まさにこの暗黒啓蒙の提唱者。しかし本書を読むと「ほの暗いカルト的な思想」との暗黒啓蒙へのイメージは払拭される。
暗黒啓蒙の核にあるのは、真実を教会やメディア、大学の先生など「誰か」に教えてもらうのではなく、常に自分自身の頭で考えなければならない、との考えだ。
ヤーヴィンはカリフォルニア大学バークレー校コンピュータサイエンス博士課程中退後、テック企業に就職。その後スタートアップ企業を設立した技術者で、それゆえに社会や歴史、政治制度を考える際にもテクノロジーの論理を援用しようとする。
アメリカではこうした「技術が社会の問題を解決する」と考える右派を「テック右派」と呼び、ヤーヴィンの他、イーロン・マスクやピーター・ティールなども、このテック右派にくくられている。
トランプ政権の理論的支援者ということもあり、彼らの思想には注目が集まっている。日本でもティールが設立者に名を連ねるアンソロピック社のメンバーが書いた『テクノロジカル・リパブリック』(日経BP)や、マスクの思想を書いたクィン・スロボディアン、ベン・ターノフ著『マスキズム――新たな独占の時代』(飛鳥新社)などが出版され、話題になっているのはそのためだ。
『ネオ君主論』ではヤーヴィンが「ティールとマスクの違い」について語っているところも面白いのだが、彼らに共通するのは「教条的リベラル支配のもとでこのままダルイ民主主義を続けたり、ぬるい技術開発で金儲けをしているだけでは間に合わない」という強烈な焦燥感である。
wokeと中国の共通点
なぜそんなに焦っているのか。
アメリカが技術の世界で中国に猛追されていることが原因の一つであるようだ。ヤーヴィンも本書で〈アメリカには、技術覇権における最後の一線となる現実がまだいくつか残っているが、中国はすべてを猛烈な勢いで追い抜こうとしている〉〈中国は考えられるあらゆる方法でアメリカ企業を打ち負かそうとして〉いると述べている。
これは単純に技術の話だけではない。明確に書かれているわけではないが、「ダルくてぬるい民主主義」を続けていては、いずれ政治体制においてもアメリカは中国に凌駕されるのではないかと考えているのではないかと推察する。
そしてここで、ヤーヴィンらの考えが「テック」なだけでなく「右派」であることとつながってくる。
アメリカなど西洋諸国が中国に凌駕されかねないのは、西側諸国がいわゆるリベラルな規範において、中国と同等に弾圧的な価値観を持ち始めているというのだ。しかも、民主主義であるだけに中国ほどの〈統治の質や効率性〉は備えていないことにも危機感を抱いている。
つまり、行き過ぎたリベラルな価値観が西洋の価値観を一部破壊したことによって、アメリカを含む西側諸国は文化的制約があり自由のない中国と「見かけ上、同じ弱点を抱えてしまっている」。そのうえ、「民主主義体制下にあることで独裁的な即断即決ができない西洋社会は中国に勝てない」と見ている、ということになろう。
人種差別の撤廃やジェンダー平等を徹底しようとするリベラル強硬派の姿勢をアメリカでは「woke」と呼ぶが、ヤーヴィンはこうした風潮こそが、実は中国と同じ「規範の押し付け」「文化的・政治的制約」を国民に課すものであると見なし、敵視しているのだ。

