政府批判に国旗損壊は必要ない
畠山澄子氏:いま日本で日常的に日の丸が破られているとか焼かれているとかそういった事実はないわけです。仮にあっても日本の既存の法律で実害には十分に対処できると。
そもそも刑罰って最後の手段で、最小限にすべきという点を踏まえると、やっぱり国旗損壊罪は正統な根拠、立法事実がないと。外国の国旗だったら罰せられるのにと、外国国章損壊罪との不均衡を自民とか維新は言うんですけれども、外国国章損壊罪との違いは、外交問題に発展する危険性があるからと、法律が守ろうとする利益がハッキリしていて、それが日本の国旗には当てはまらない。
他方、この法案は、憲法が保障する表現の自由と決定的に衝突すると。自由権規約という日本も保証する国際規約に抵触する恐れも指摘されています。
そうすると、必要性もない、正統性もない、でも危険性はある。過去の政府も刑罰は必ずしも適当ではないと言ってきた。それを、時の首相の悲願だからといって法律にしてしまうことの危うさは指摘しておかなければいけない。
大前提として、日本政府が外国国章損壊罪のみ認めている現状は、【法の下の平等 equality under the law】に反しています。外交問題に発展する危険性があるという理由で外国国民の尊厳を守る一方で日本国民の尊厳を守らないというのは基本的人権の軽視であり、【合理的区別 discrimination】には当たりません。
また、英・加・豪に国旗損壊罪はありませんが、米仏独伊中韓などでは国旗損壊罪があります。外国国章損壊罪で外国国旗損壊の自由を制限する一方で、【自由権規約 International Covenant on Civil and Political Rights】を根拠に日本国旗損壊の自由を保障することに正統性はありません。
そもそも、政府を批判するのに、国民まで侮辱しかねない「国旗を損壊する行為」は必要ありません。この行為は公共の福祉に反しています。
三輪記子氏:刑法が最終手段というのは本当にその通りで、刑罰を科して何かを強制しているわけですよね。そこで何を強制するのか、国旗損壊罪によって何を守るかというと、日本に住むマジョリティである日本人みんなの不快感みたいなものを保護法益にしているのかなと思うんですけれども、その日本におけるマジョリティの不快感をわざわざ刑罰でもって守らなければいけないのかというと、そうではないと思うんですね。
そうであれば、マイノリティに対するヘイトスピーチとか、そっちの方に注力すべきであるのに、みんなの不快感を刑罰でもってなくしましょうというのは、法律の考え方としても違うかなと思いますね。
日本国憲法はすべての国民の基本的人権を保障しています。国旗を損壊しないことがマジョリティの権利であり、国旗を損壊することがマイノリティの権利であるので、マイノリティの権利を保護すべきというのは、法律の考え方として明らかに違うと思います。
繰り返しになりますが、政府を批判するのに、国民まで侮辱しかねない「国旗を損壊する行為」は必要ありません。他の方法で代替できる行為で、個人の基本的人権である個人的法益や社会の秩序という国家的法益をいたずらに毀損するのは嫌がらせ行為でしかありません。
なお、国旗の損壊は、受け止める人によっては「不快」を通り越して「侮蔑」にあたります。三輪氏は、例えば表現の自由を主張する他人によって個人の写真が公然と引きちぎられる状況を想像する必要があります。


