奄美大島 ノラ猫大論争|瀬戸内みなみ

奄美大島 ノラ猫大論争|瀬戸内みなみ

猫という動物は特別扱いされている、といわれる。同じひとつの命なのに、ミミズよりもオケラよりも、人間にエコヒイキされているというのだ。なぜだろう。 姿かたちがカワイイから。何千年も(一説には1万年も)前から人間のそばにいて、一緒に暮らしてきたから。大切な食糧を食い荒らすネズミを退治してくれる益獣だから。そのすべてが理由になる。


反対派の声が大きいなか、管理計画は昨年7月に実施された。計画では山中に生息するノネコを10年間で3000頭捕獲することになっている。月ごとには30頭を目標としているが、9月12日時点で、捕獲されたノネコは合計15頭に過ぎない。

当初は一週間のうちに譲渡されなければ安楽死とされていたものの、行政が用意した保護施設「奄美ノネコセンター」の収容可能頭数が50頭と余裕もあることから、今のところまだ殺処分された猫はいない。15頭の猫たちはすでに、島内外の団体と個人へ譲渡済み、または譲渡が内定している。

捕獲ペースが予定通りではない理由について推進側は、モニタリングの最中でもあり、捕獲技術も試行錯誤の段階であるからとしているが、今後季節がうつり、技術が向上すれば頭数も増えていくことは十分考えられる。

ただ、もし最終的に山中のノネコを根絶したとしても、それですべてが解決するとは限らない。ノネコの完全排除が理想としながら、それでも島全体が太古の森に戻るわけではなく、人間と猫以外の外来種は残るのだから、想定外の新たな問題が発生する可能性もあることは推進側の研究者も示唆している。

一方、ノネコの発生源となるノラ猫に対する不妊手術については、どうぶつ基金が設立した病院での計画の他にも、奄美大島の5市町村がこれまでの5年間でノラ猫合計2300頭余に対して不妊手術を実施しており、平成31年度も新しい体制で推進していくことが決まっている。市街地では手術済みの印である、片耳の先端がカットされた猫を見かけることも多い。飼い猫に対する手術も進んでいるという。

この先、奄美大島の猫たちの運命がどうなるかはまだ分からない。山の中で捕まえられてしまったら最終的に殺されてしまうのか、それとも飼い猫となって生きる道が最後まで残されているのか。

猫たちの命を考えることが大事なのはもちろんだが、生態系を守るために人間には他にも考えなければならないことがたくさんある。開発によって狭められ、分断された生息地をどうするか。希少動物の交通事故死をどうやって防ぐか。LCCの就航もあって急速に増えつつある観光客が、クロウサギ見たさに山中に入っていくことをどう制限するか。そういったことの議論はいったいどこまで進んでいるのだろうか?

反対派も推進側も双方が主張する通り、猫問題も含めて、生態系を壊している元凶は人間にほかならない。どんなコストを費やしてでも、人間は解決していかなければならない責任がある。

もしも猫を殺さずに生態系の保全ができたなら、世界初の画期的な事例となるだろうと推進側はいう。幸い、始まったばかりのこの管理計画で殺された猫はまだいない。日本発の新しいモデルケースになれる余地は今のところまだ、残されている。
(初出・月刊『Hanada』2018年11月号)

【追記】

奄美大島の生態系をめぐるこの論争は、「ノネコ」の捕獲が始まって10ヶ月ほどたった現在も途切れることなく続いている。その間、愛護団体からの要請書や有識者による意見書の提出、各種報道、さらにそれに対する反論など、さまざまな動きがあった。


動物愛護団体・公益財団法人どうぶつ基金とNPO法人ゴールゼロは昨年(平成30年)12月、ノラ猫(「ノネコ」ではないが、ノネコの発生源と考えられている)の生息数の調査方法について「ねこ対策協議会」に質問し、回答を得ている。さらにどうぶつ基金は、今年2月には奄美市に対して情報公開請求し、調査方法の詳細を得ている。どうぶつ基金は、これはノラネコの数を実際より多く見せかけるための恣意的な調査手法だとしている。さらに同基金ではより正確な生息数を調べるため、同市が公開した調査方法を使用しての独自調査を計画中とのことだ。


また3月下旬、朝日新聞が、同社から環境省への情報公開請求により、奄美大島におけるアマミノクロウサギの数が増加していることが判明したと報道した。それまで最新の調査とされていた2003年における生息数は2000~4800頭だが、実際には環境省はその12年後、2015年における調査結果のデータを持っており、それをこれまで一切公表していなかったという衝撃的なものだ。それによるとクロウサギは1万5221~3万9780匹頭と、少なくとも3倍まで回復している。同省は今後クロウサギの絶滅の危険度を、より低いランクに見直すことをめざしているという。


4月にはジャーナリスト・笹井恵里子さんによる記事が、『週刊文春』に「奄美大島「世界遺産」ほしさに猫3000匹殺処分計画」というタイトルで掲載された。計画の推進派・反対派双方、環境省、また奄美大島の住民などに幅広く取材して書かれたものだ。記事は「ノネコ管理計画」の根拠の危うさを指摘し、多額の税金を投入することへの是非を問いかけるものだ。


この『週刊文春』記事に対する反響は大きく、賛否両論、たくさんの議論が巻き起こっている(反論としては「論座・奄美大島で始まった『ノネコ管理計画』へのイチャモンに異議あり」など)。


2月からは、マンガ雑誌『ビッグコミックオリジナル』における連載『しっぽの声』(原作・夏緑、作画・ちくやまきよし)で、この「ノネコ計画」に材を取ったシリーズが始まっている。この作品はおおむね、反対派と推進派の双方の意見をバランスよく扱っているという評価がされているようだ。


また近く『奄美のノネコ』(鹿児島大学鹿児島環境学研究会・編、南方新社)が出版される。主に計画推進派の立場から、行政と市民団体・専門家らの対話と協働が詳述されたものだという。


「ノネコ管理計画」において、現在までに「ノネコ」50頭弱が捕獲されているが、今のところ殺処分された猫はいない。捕獲後に譲渡された(「奄美ノネコセンター」から引き出された)猫のほとんどはすぐにひとに馴れ、新しい里親のもとで大切に飼育されている(参考「奄美大島からやって来た『ノネコ』 甘えん坊のふつうの猫だった」)。


(記:2019年4月25日)

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