奄美大島 ノラ猫大論争|瀬戸内みなみ

奄美大島 ノラ猫大論争|瀬戸内みなみ

猫という動物は特別扱いされている、といわれる。同じひとつの命なのに、ミミズよりもオケラよりも、人間にエコヒイキされているというのだ。なぜだろう。 姿かたちがカワイイから。何千年も(一説には1万年も)前から人間のそばにいて、一緒に暮らしてきたから。大切な食糧を食い荒らすネズミを退治してくれる益獣だから。そのすべてが理由になる。


ここで「猫」を持ち出すのは唐突な感があるかもしれない。だが実は猫、つまりわれわれの飼っているイエネコもマングースと同様、「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種」(環境省・農林水産省)として指定されているのである。正確には「ノネコ=イエネコの野生化したもの」という注釈がついているのだが。

犬と同じく、猫も人間の役に立つものとして人間によって島に連れてこられた。それがいつのことだったかは分からないが、少なくとも江戸時代の文献には、ひとの手から離れ、山の中で狩りをして暮らす猫の姿が記されている。

いうまでもなく猫も犬も、肉食性の哺乳類だ。山に入った猫や、野犬化した犬がクロウサギやケナガネズミを襲って食べていることを島のひとたちは知っていた。動物なのだから当たり前という認識であっただろうと思われる。だがそれも昔の話だ。

問題は、現在である。昨年(平成30年)3月、環境省・鹿児島県・奄美大島の5市町村は「奄美大島における生態系保全のためのノネコ管理計画(2018年度~2027年度)」を発表した。タイトルの通り、島固有の生態系を守るために猫を管理しましょうという計画だ。そしてこれが、猫をめぐる大論争の大本となっている。

現在、奄美大島には飼い猫が数千頭、ノラ猫(特定の飼い主はいないが、人間の集落内で暮らしている猫)が推定5000~10000頭、ノネコ(集落を離れ、山の中で自立して暮らしている猫)が推定600~1200頭いるとされている。いずれも曖昧な数字であり、それ自体が「猫の管理」の難しさを語っているともいえる。

この計画において画期的な点はいくつかあるが、その最たるものが、ノネコを殺処分することもできる、とした部分だろう。

〈森林内で捕獲したネコは……、飼養を希望する者への譲渡に努め、譲渡できなかった個体は、できる限り苦痛を与えない方法を用いて安楽死させることとする〉とある。

これに激しく反応したのが全国の動物愛護団体だ。この計画が議論されている段階から「殺処分反対」を明確に掲げ、一昨年度のうちにすでに5万筆以上もの反対署名を集めて環境省に提出している。

昨年8月には、反対派の動物愛護団体のひとつである公益財団法人どうぶつ基金が「ノネコの発生源となる奄美大島のノラ猫すべてに不妊手術をすることによって、ノネコの減少をはかる」ことを目的に、奄美大島の市街地に動物病院「あまみのさくらねこ病院」を設立した。1年間で野良猫1万頭に対して不妊手術を施し、生態系保全計画の補完となることを目指している。

生態系を狂わせたのは人間

それにしてもこの「殺処分」のどこが画期的なのか。前述の通り、日本全国ではまだ年間4万5000頭あまりの猫が行政によって殺処分されている(平成28年度。ちなみに犬は1万頭あまり)。そのうち鹿児島県全体では年間1200頭強だ。奄美大島における統計数は出ていないが、ゼロということはない。

愛護団体の人々が驚いたのは、これまで希少動物の生息する離島において、生態系を守る目的でノネコを捕獲・排除しようという活動はいくつもあったが、そのいずれにおいても「殺処分は前提とされてこなかった」からだ。東京都の小笠原諸島しかり、北海道・天売島しかり。

同じくアマミノクロウサギが生息する徳之島でもそうだ。希少動物の生息域で捕獲されたノネコは膨大なコストをかけて馴化(ひとに馴れさせること)させ、ペットとして一般家庭にもらわれていく。もらわれなくても保護施設で一生を過ごし、少なくとも殺されることはなかった。そう考えると、簡単に「保健所」に持ち込まれて殺される猫たちよりも、よほど優遇されていたといえる。

けれども奄美大島の管理計画では初めて、ノネコたちからこの待遇を剥ぎ取ろうとしている。ほかの「保健所」の猫たちと同様に一定期間飼い主を募集し、それが見つからなければ殺すこともやむを得ない、としているのだ。

これまで殺処分を忌避してきたほかの島と、奄美大島とは規模が違う。島の大きさも保全すべき地域の広さも、猫の数も桁違いに大きい。同じ方策を取ることは合理的ではない、ということだ。マングースは大量に殺してもよかったが、なぜ猫はいけないのかという声もある。

また捕獲した猫すべてに引き取り手を見つけるという方法は理想的ではあるが必ずしも順調というわけではなく、前述の島々でも壁に突き当たっている一面もあることが、この結論を後押ししている。

だが反対派も一歩も引かない。本当に猫のせいで、クロウサギは絶滅しそうになっているのか? 猫とクロウサギは何百年も山のなかで共存してきたのだ。マングースの駆除によってクロウサギの数は増えているし、今年に入ってからは畑を荒らす被害が出ていることも報道されている。そもそも2003年を最後にクロウサギ生息数の調査がされていないのだから、税金を使うならその方が先ではないのか。

交通事故で死んだクロウサギの死体もたくさん発見されているうえに、行政は今でも森林を伐採して開発を進めようとしている。生態系を狂わせているのは人間なのに、すべて猫のせいにしようとしているのではないか。

そもそもノネコもノラ猫も飼い猫もみんな同じイエネコなのだから、区別をつけるのは難しいではないか……。

殺処分のハードルが下がる

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