猫という動物は特別扱いされている、といわれる。同じひとつの命なのに、ミミズよりもオケラよりも、人間にエコヒイキされているというのだ。なぜだろう。
姿かたちがカワイイから。何千年も(一説には1万年も)前から人間のそばにいて、一緒に暮らしてきたから。大切な食糧を食い荒らすネズミを退治してくれる益獣だから。
そのすべてが理由になる。それに猫は知能が高く、飼い主やかわいがってくれるひとを認識してなついたり、甘えたりする。ひとの命令には(それほど)従わないが、その代わりときに個性豊かに思いもかけない行動をとって人間をびっくりさせたり、笑わせたりする。こちらのいっていることをみんな理解しているのではないかと思わせる瞬間もしばしばある。つまり、何もかもがカワイイのである。
もちろん人類の全員がこの意見に賛成してくれるわけではない。が、私自身は大いにエコヒイキをしているクチである。蚊やゴキブリをやっつけるのに躊躇はないが、飼っていた老猫が死ぬとしばらく立ち直れない。目の前に猫がたくさんいれば嬉しくなるし、こんなかわいい生き物を虐めたり傷つけたりする人間は人間ではない、と思う。
まだ日本全国で、猫は行政によって年間4万頭以上が殺処分されているが(平成28年度)、できれば早くゼロになってほしいと思うし、そのためにできることはしたいと思っている。
だからいま、鹿児島県・奄美大島で巻き起こっている猫をめぐる大論争について、感情的な面においても、私は理解しているつもりでいる。
鹿児島県・奄美大島は面積約712平方キロメートル、人口は約6万人。沖縄本島よりは小さいが、私の感覚でいえば島というより小さな陸である。琉球文化圏の一部であり、言葉も沖縄方言との共通点が多い。飛行機なら鹿児島から1時間、東京からでも2時間ほどで着く。
固有の生態系が危機に
太古の昔、大陸から切り離されたこの島では、取り残された動物たちが独自の進化を遂げていった。ルリカケス、アマミヤマシギ、アマミハナサキガエル、アマミトゲネズミ、ケナガネズミなどなど。
なかでも有名なのが、国指定の特別天然記念物であるアマミノクロウサギ(以下、クロウサギ)だ。奄美大島と徳之島にしか生息せず、環境省レッドリストにも絶滅危惧IB類として記載されている。原始的なウサギの形態を残す生きた化石だ。
島には元来、肉食性の哺乳類がいなかった。だから逃げる必要も敵を察知する必要もなかったので、後ろ足は短く、耳も短いままなのだ。
夜行性の彼らに会うために島でナイトツアーに参加したが、精いっぱい走っていると思われるときの様子でも、ノソノソ、という感じである。人間でも捕まえようと思えば捕まえられるそうだがさもありなん。
固有種とはいえ島のなかではありふれた動物だったこのクロウサギが急速に数を減らし始めたのは、1950年代ころからだという。主な原因は島の振興のための森林伐採、道路建設、植林などによる生息地の減少や分断だ。1970年代、また新たな災難がウサギたちを襲う。ハブ対策と称して人間が島に持ち込んだフイリマングース(以下、マングース)である。
猛毒を持つハブは、古来から自然の脅威として島のひとに恐れられてきた。「コブラ対マングース」のイメージから大きな期待が寄せられたものの、実際にはハブ退治にはなんの役にも立たなかった。それどころか、クロウサギなどの希少種を好んで襲い始めたのである。
当初30頭ほど放たれたマングースはあっという間に繁殖し、2000年には1万頭ほどにまでなったとされている。クロウサギより小柄で、巣穴に潜り込んで赤ちゃんウサギをさらっていく。ノソノソとしか動けないクロウサギの敵う相手ではない。
固有の生態系が危機に瀕していることに気づいた島はマングースの駆除に乗り出し、2005年には環境省主導の「マングースバスターズ」も結成された。初期には年に数千頭ずつ捕獲・殺処分していたが、次第に捕獲数が減少していったことから、現在の生息数は300頭程度と推定されている。さらに事業を継続し、2022年までの根絶を目指している。
マングースが数を減らすのに従い、クロウサギ、トゲネズミなどの希少野生動物の分布域や個体数は着実に回復しているという。