【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ!  長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ! 長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


敗北感と願望につけ込む陰謀論

本書の副題は〈民主主義をむしばむ認知戦の脅威〉。ネット上を飛び交う不確かな情報や虚偽の言説、過剰に敵味方を峻別するような書き込みの中でも、政治的な意図を持った外国勢力から持ち込まれるものによって、今や民主主義自体が脅かされている。そうした現状をつぶさに分析しているのが本書である。

現在、情報処理推進機構サイバー情勢研究室で研究員を務めている長迫氏は、2020年、2024年それぞれの米大統領選挙を事例に、どのような陰謀論が流布され、現実に影響を及ぼしたかを分析する。

陰謀論を信奉する側と言えば、アメリカではトランプ支持者の右派が大半というイメージだが、本書では2024年の大統領選挙後には反トランプ陣営の左派にも陰謀論が生じた実態を指摘している。

その内容と言えば「イーロン・マスクがスターリンクシステムを使って票数を操作したからトランプが勝った」「選挙が盗まれた」とするもので、2020年のトランプ敗北時に右派側で起きたことが、トランプの勝利で左派側も生じたことになる。

もちろんその規模や深刻さには差があろう。また、トランプのように負けたカマラ陣営が不正選挙を自ら煽ったり、それによって支援者が米議会に突入することもなかった。

だがそれでもアメリカの研究者らはこれを「ディスインフォメーションのバトン」、つまり社会に害をなすために意図的に与えられた情報(=ディスインフォメーション)の担い手が右派から左派にバトンタッチしたとみているという。

まさに陰謀論に左右なし。特定の条件や敗北感といった心理につけ込まれると、根拠薄弱な説や意見を進んで受け入れてしまうのだ。もっと言えば「不正選挙であってほしい」「票を操作された結果であってほしい」という現実否認のための願望に縋り付いてしまうということでもあろう。

Getty logo

狙いは「相互不信の醸成」

こうした心理につけ込む側は、どのような情報が「響くか」をよくよく研究しているようだ。そしてつけ込む側は時として外国勢力であり、中国やロシアはその手腕にたけている。

特にロシアの工作は、主に欧米で大きな成果をあげている。突く側はどちらでも構わない。一般的にプロパガンダと聞いて思い浮かべるものとは違い、単純に「親ロ派を増やすための情報工作」にとどまらない。

ある社会の中で意見が割れているテーマを見つけ出し、双方を煽って分断を深める。互いの陣営が相手に対する信頼を失い、相互不信を生み、疑心暗鬼になって社会が混乱することを企図しているのだ。

中露の情報工作や認知戦の形態に関しては、インテリジェンス研究と言えばこの人と言っていい、日本大学危機管理学部教授の小谷賢氏が詳しく解説している。

中でも見逃せないのは、言論の自由がない中露はこうした認知戦において圧倒的に有利な立場にあるという指摘だ。欧米日ではロシア発・中国発の言説や、自国民を装ったアカウントによる偽情報の流布もやりたい放題である一方、中露では偽情報を流布すれば逮捕されかねない。

そもそも事実であっても体制批判の許されない環境である。まさに非対称戦としか言いようがない。

それでも言論や表現の自由のある国の方が、そうでない国よりも結果的には有利であるという状況を作り出すためには、社会全体の信頼感を醸成し、議論ができる状況を作り出すことに加え、相手の手口を共有することによる抵抗力を養うことが重要になる。

仮に情報が入ってきて世論が攪乱されたとしても、そこから立ち直るための「抗堪力」を養っておく必要があるだろう。

関連するキーワード


書評 読書亡羊 梶原麻衣子

関連する投稿


【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め!  山口航『日米首脳会談』(中公新書)

【読書亡羊』石破・トランプ会談を語るならこの本を読め! 山口航『日米首脳会談』(中公新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】戦後80年、「戦争観」の更新が必要だ  平野高志『キーウで見たロシア・ウクライナ戦争』(星海社新書)、仕事文脈編集部編『若者の戦争と政治』(タバブックス)

【読書亡羊】戦後80年、「戦争観」の更新が必要だ 平野高志『キーウで見たロシア・ウクライナ戦争』(星海社新書)、仕事文脈編集部編『若者の戦争と政治』(タバブックス)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか  エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

【読書亡羊】中国は「きれいなジャイアン」になれるのか エルブリッジ・A・コルビー『アジア・ファースト』(文春新書)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】激震の朝鮮半島に学ぶ食と愛国心  キム・ミンジュ『北朝鮮に出勤します』(新泉者)、キム・ヤンヒ『北朝鮮の食卓』(原書房)

【読書亡羊】激震の朝鮮半島に学ぶ食と愛国心 キム・ミンジュ『北朝鮮に出勤します』(新泉者)、キム・ヤンヒ『北朝鮮の食卓』(原書房)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【読書亡羊】闇に紛れるその姿を見たことがあるか  増田隆一『ハクビシンの不思議』(東京大学出版会)

【読書亡羊】闇に紛れるその姿を見たことがあるか 増田隆一『ハクビシンの不思議』(東京大学出版会)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


最新の投稿


【今週のサンモニ】トランプ×ゼレンスキー会談の本当のポイント|藤原かずえ

【今週のサンモニ】トランプ×ゼレンスキー会談の本当のポイント|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ!  長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

【読書亡羊】陰謀論者に左右ナシ! 長迫 智子・小谷賢・大澤淳『SNS時代の戦略兵器 陰謀論』(ウェッジ)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


衝撃の内部告発!れいわ新選組のタブー・知られざる「人脈」【榎田信衛門】

衝撃の内部告発!れいわ新選組のタブー・知られざる「人脈」【榎田信衛門】

月刊Hanada 公式YouTubeチャンネルに投稿した『衝撃の内部告発!れいわ新選組のタブー・知られざる「人脈」【榎田信衛門】』の内容をAIを使って要約・紹介。


あるチェーン店のヤバい話|なべやかん

あるチェーン店のヤバい話|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!


樹木葬から前方後円墳墓地へ|竹田恒泰【2025年3月号】

樹木葬から前方後円墳墓地へ|竹田恒泰【2025年3月号】

月刊Hanada2025年3月号に掲載の『樹木葬から前方後円墳墓地へ|竹田恒泰【2025年3月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。