日米首脳会談の「幻想」
お笑いコンビ・サンドウィッチマンの伊達みきおが以前、持ちネタにしていた「安倍総理のものまね」。安倍元総理が亡くなってからはものまねも封印してしまったようなのだが、そのものまねで口にしていたのはこんなフレーズだった。
「トランプ大統領と電話で会談し、意見が完全に一致しました」
声色が似ていることもさることながら、「そんなことで電話するなよ、しかも完全に一致しているのかよ!」という前振りが効いて、笑いが起きる。これが笑いのネタになるほど、安倍元総理とトランプ大統領の「緊密な連携」「親密な関係」が広く国民に知られていたのだ。
一方で、二人の関係性があまりに強調されたことで、日米関係が首脳同士の人間関係それのみで左右されるとの幻想も広がった。
過去にもそうした首脳関係は存在した。「ロン・ヤス」関係と呼ばれたロナルド・レーガンと中曽根康弘、プレスリーの歌を歌って見せた小泉純一郎とブッシュ(息子)の蜜月。そして安倍晋三とドナルド・トランプの三組は、あたかも首脳二人の関係性が良好な日米関係の第一条件であるかのような印象を与えてきた。
その印象が強いからこそ、この2月7日に行われたトランプ大統領・石破茂総理という、どうにも食い合わせが悪そうに思われた二人の会談に、日本中が気を揉むことになったのである。
実際には会談に臨むまでの間に日米双方の官僚たちが相当の地ならしと激しい折衝をし、自国の首脳に徹底したレクを行って会談に臨んでいる。だが笑顔で共同会見に応じ、共同声明を発表する日米首脳を通じて、我々は二国間関係を見ようとしてしまう。報道も、首脳二人の関係性にのみ焦点を当てがちだ。
外的要因が二国の関係に影響
そんな日米首脳会談の歴史を丹念に追ったのが、帝京大学法学部で専任講師を務める山口航氏の『日米首脳会談――政治指導者たちと同盟の70年』(中公新書)である。
日米双方の首脳の生い立ちから書き起こし、首脳会談がどのような課題を抱える状況で行われたのか、そして当事者たちが往時をどのように回顧しているかに至るまでを調べ上げ、マニアックな裏話まで盛り込んで「首脳会談」の場を浮き彫りにしている。ボリューム大の一冊だが、読み物としての面白さについついページをめくってしまう。
もちろん、ページをめくらせるのは面白さだけではない。日米首脳会談を通じて、戦後の国際政治のありようが見えてくるためだ。占領国・被占領国として始まった日米関係が、国際情勢に合わせて次第にその姿を変えていくことも読み取れる。
例えば当初、自主防衛に近い状況に持ち込むことで日米の対等性を実現しようとした岸信介の方針を一変させるのは、岸の実弟である佐藤栄作であった。
岸が「在日米軍の完全撤退が望ましい」と言っていたにもかかわらず、佐藤が「米国にあくまでも守ってもらわねばならぬ」と言い出したのは、他でもない中国が核実験を実施したからである。
考えてみれば当たり前のことなのだが、日米の二国間関係もそれ以外の国の動向の影響を受けざるを得ない。日米関係を日米二国、もっと言えば日米首脳の二者の関係性に落とし込まれかねないところ、本書は視野を広げる形で国際情勢の中に「日米首脳会談」を置き直してくれるのだ。