「乗っ取られた」パリ五輪開会式|上野景文(文明論考家)

「乗っ取られた」パリ五輪開会式|上野景文(文明論考家)

いろいろな意味で話題になったパリ五輪が閉幕した。 とくに国際的な話題となったのは、あの開会式だ。 「史上最悪の式典」とも言われたあの開会式の問題を改めて問い直す。


各国はどう批判しているか

今回、最も際立っていたのは、宗教関係者、就中、ローマ教皇からの批判であった。フランスや米国などのカトリック司教団からも抗議の声明が表明されたほか、ロシア正教、プロテスタント保守派からも同様の声が聞かれた。更に、イスラム世界からも、キリストを冒涜することは罷りならんとの声が聞かれた(イラン、トルコなど)。
 
右の批判に対し、芸術監督などからは、「宗教を侮辱する意図は全くなかった」、「自分たちの目指すところは、分断ではなく、多様性と包摂だ」などの弁明が聞かれた。
 
が、各方面からの批判が高まる中で、米国の一部スポンサーが支援を止めると表明したことも手伝い、圧力を感じたIOCは、「侮辱する意図はなかったが、信者の心を傷つけたとすれば(その点は)謝る」と表明するところまで追い込まれた。
 
更にIOCは、五輪公式ユーチューブチャネル記録から問題シーンを削除した。もっとも、カトリック・メディアの中には、「謝り方が中途半端だ」となおき怒りを隠さない向きもある。
 
宗教関係者と並んで、保守系政治家なども、次々と批判・反発を示した。主なものを紹介しておこう。

フランス
・「文化祭はウォーク(=急進左派)の粗雑なプロパガンダであり、LGBTQの宣伝であった」(フランス国民連合(RN)ルペン党首の姪のマレシャル氏)

イタリア
・「開会式は世界のキリスト教徒を侮辱した。話にならん。」(サルビーニ副首相)
・「ゲイ・プライドの式典だった」(与党イタリアの同胞の議員)

米国
・「大きく括れば我々の信仰に対して仕掛けられた文化戦争だ」(ジョンソン下院議長)
・「恥ずべき(悪魔の)仕業だ」(トランプ元大統領)
・「キリスト教徒に対し無礼だ」(イ―ロン・マスク氏)

ロシア
・「文化祭は反キリスト教的であり、ゲイの巨大なパレードであった」(外務省広報官)

トルコ
・「開会式は人類共通の聖なる価値への不愉快極まりない攻撃。LGBTロビーが仕組んだこと」

イラン
・イラン政府はフランスの駐テヘラン大使を召喚し、キリストを侮辱することは(我々イスラムから見ても)座視し難い旨、申し渡した。

併せて、世界の主要メディアの反応についても概観しておこう。フランスの努力を多としつつも、辛辣な批評が少なくなかった。

西欧
お膝元のフランスでは、リベラル系のル・モンド紙が公演のジョリ総監督の成功を讃えるとしたのに対し、保守系のル・フィガロ紙は、(立派な内容があったとしつつ)やり過ぎの面があり、不必要に挑発的だったと指摘。
 
イタリアでは、「楽しんだ人がいる一方で、退屈だったとする人も少なくなく、多くの人を失望させた」(コリエール・デラ・セラ紙)、「フランス・パリに焦点が行き過ぎ、肝腎の五輪への焦点は僅か」(左派系ラ・レプブリカ紙)など、手厳しい声が聞かれた。
 
英国でも厳しい見方が示された。特に、保守色が強い大衆紙デイリー・メールは、「これまでで最低」とバッサリ切り捨てたほか、高級紙ザ・ガーディアンも、「組み立てに異様なところ(weird)があり、バラバラ感を拭えなかった」と冷評した。

米国
リベラル系のワシントン・ポスト紙が、式典に新風を吹き込んだことを評価するとしたのに対し、同じリベラル系でもNYタイムスは、「文化公演はユーモアに欠け、仰々しさを感じた」、「文化祭が膨張し、選手が霞んだ」と、冷めた見方を示した。
 
更に、保守色が強いことで知られるワシントン・タイムス紙は、文化公演は全世界のキリスト教徒への侮辱であるだけでなく、西洋の混沌とデカダンスを世界に示すものであったと酷評した。

無自覚なまま信者の心をかき乱す

関連する投稿


「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

「徳」なきイスラエルは、中露そっくり|上野景文

世界が驚愕したハマスによるイスラエルへの電撃攻撃。米国はイスラエルに寄り添い、同国の防衛を支援する旨を宣明。英国、フランス、ドイツ、イタリアも、(ハイスラエルの防衛努力を断固支持する旨の声明を発出した。 文明論考家である筆者は、この声明にある種に危うさを感じた――。


ラグビーW杯 フランス代表の「アレ!」|山口昌子

ラグビーW杯 フランス代表の「アレ!」|山口昌子

ラグビーワールドカップ2023フランス大会は、南アフリカの4度目の優勝で幕を閉じた。開催国フランスの初優勝はならなかったが、フランス国民は挙国一致でチームを応援。日本人とは異なる、フランス人の熱狂ぶりはいったいどこからくるのか。その歴史を紐解く。


【処理水】国際社会に問え!「日本と中国、どちらが信頼できるか」|上野景文

【処理水】国際社会に問え!「日本と中国、どちらが信頼できるか」|上野景文

福島第一原子力発電所の処理水放出を開始した途端、喧しく反対する中国。日本はどのように国際社会に訴えるべきか。


上野景文(うえの・かげふみ)

上野景文(うえの・かげふみ)

1948年東京生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業後、外務省入省。1973年英ケンブリッジ大学経済学部卒業、のちに修士課程修了。国際交流基金総務部長、スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構(JITCO)常務理事を経て、2006年10月より2010年9月まで、駐バチカン大使、2011年4月より杏林大学外国語学部客員教授。著書に『現代日本文明論 神を呑み込んだカミガミの物語』(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。


トランプを生贄にする3つの敵|饗庭浩明

トランプを生贄にする3つの敵|饗庭浩明

「嵌められた。トランプはこれで生贄にされるかもしれない」――1月6日の連邦議事堂突入・占拠は何を意味しているのか。そしてアメリカ政界では何が起きて、トランプが「生贄」になったのか。トランプとは2016年の当選前より毎年会談を重ね、政権の中枢近くにも強力なコネクションを有する饗庭氏が徹底分析!


最新の投稿


【今週のサンモニ】口だけの核廃絶は絶望的なお花畑|藤原かずえ

【今週のサンモニ】口だけの核廃絶は絶望的なお花畑|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


衆院解散、総選挙での鍵は「アベノミクス」の継承|和田政宗

衆院解散、総選挙での鍵は「アベノミクス」の継承|和田政宗

「石破首相は総裁選やこれまで言ってきたことを翻した」と批判する声もあるなか、本日9日に衆院が解散された。自民党は総選挙で何を訴えるべきなのか。「アベノミクス」の完成こそが経済発展への正しい道である――。


【今週のサンモニ】偽善と悪意に溢れたコメント連発|藤原かずえ

【今週のサンモニ】偽善と悪意に溢れたコメント連発|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


なべやかん遺産|「スーパーパワー」

なべやかん遺産|「スーパーパワー」

芸人にして、日本屈指のコレクターでもある、なべやかん。 そのマニアックなコレクションを紹介する月刊『Hanada』の好評連載「なべやかん遺産」がますますパワーアップして「Hanadaプラス」にお引越し! 今回は「スーパーパワー」!


【今週のサンモニ】石破氏を美化していた『サンモニ』|藤原かずえ

【今週のサンモニ】石破氏を美化していた『サンモニ』|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。