これで川勝知事お得意の「命の水を守る」のキャッチフレーズも雲散霧消したはずである。
ただ、田代ダム取水抑制案でも、今回、「取水抑制できない状態が続いた場合の対応」「突発湧水など不測の事態への対応(連絡・協議体制など)」などでの対話を求めているから、実際は、すんなり認めているわけではない。
その田代ダム取水抑制案と同様に、昨年冬から夏に掛けて何度も大騒ぎになった「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」がある。
「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」が、まるで既成事実であるかのように今回の対話項目に入っていたことには、あまりにも驚かされたのだ。
発表資料には「山梨県内の高速長尺先進ボーリング(調査ボーリング)、先進坑、本坑の掘削により健全な水循環への影響が懸念されることへの対応について、科学的な説明と本県等との合意(高速長尺先進ボーリングが、県境から山梨県側へ約300mの地点に達する前)」とある。
「山梨県内のトンネル工事による影響への懸念」には、「静岡県内の断層帯と山梨県内の断層が下で繋がっている可能性があることから、山梨県側からのボーリングによる健全な水循環への影響を懸念」とあり、「トンネル工事が県境付近に近づくことによる健全な水循環への影響を懸念→高速長尺先進ボーリングが、JR東海が慎重に削孔を進める県境から山梨県側へ約300m区間の地点に達するまでに、懸念に対する対応について説明し、本県等との合意が必要」と求めている。
可能性や懸念という「たられば」で、静岡県内の水が地下で引っ張られるから、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」と言っている。
“珍回答”でごまかし
ただ、いまやこの言い掛かりも何だったのか、ほとんどの人には理解できないだろう。
この経緯を簡単に振り返る。
森副知事は昨年5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ約300mまでの区間を調査ボーリングによる削孔をしないこと」の要請書をJR東海へ送ったことで、この大騒ぎが始まった。
これに対して、山梨県の長崎幸太郎知事は「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと述べたあと、6月9日の臨時会見でも「この問題は山梨県内の経済活動に影響を巻き起こす懸念がある」などと静岡県の対応に危機感を示した。
このため、川勝知事は6月13日、森副知事らを山梨県庁へ派遣、長崎知事と会見した。
長崎知事が非常に怒っているという森副知事の報告に、川勝知事は同日午後の会見で、今後は、「静岡の水」「山梨の水」という主張はしないと明言した。
それにも関わらず、川勝知事は、JR東海へ送った5月11日付要請書を撤回しないことを明らかにした。
つまり、「県境300メートルの断層帯付近で山梨県の調査ボーリングをやめろ」を主張し続けるというのだ。
この矛盾する発言に、記者が「山梨県における民間の経済活動を抑制していることになる」などと追及すると、川勝知事は「懸念を払拭する責任は事業者(JR東海)にある」と回答。
「静岡の水という主張をしないのに、懸念というのは何か」と突っ込まれると、川勝知事は「水がどっちのものかという話は水には向かない」などと“珍回答”でごまかした。
記者たちの追及で紛糾する中、川勝知事は「県リニア専門部会の判断に委ねる」、「県リニア専門部会で納得して、部会長のいわば方針として言われれば、意見を尊重して従う」などと言い逃れした。
ところが、6月7日開催の県リニア専門部会でほとんどの委員が、山梨県の調査ボーリングを科学的工学的に容認する姿勢を示している。
つまり、県が勝手に「引き続き対話を要する事項」を主張しているだけである。
それにも関わらず、森副知事は、県リニア専門部会を開催して、JR東海との対話を進めるとしている。まさに屋上屋を架すのたとえ通り、全くムダである。
もともと川勝知事の「全量戻し」の根拠は、JR東海の環境影響評価準備書に対する知事意見書の「トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近へ戻すこと」にあった。
それでは、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」を主張する根拠である「健全な水循環への影響」とは何なのか、誰が読んでも全くわからないだろう。
リニア環境影響評価準備書に対する知事意見書には「山梨県における工事が本県を流れる富士川に及ぼす影響、長野県における工事が天竜川に及ぼす影響について示すこと」と記されている。
山梨県の工事は、富士川への影響を言っているのであり、大井川水系とは全く無関係である。
実際は、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」の根拠など全く何もないのだ。
昨年6月の県議会で、「静岡の水」「山梨の水」を主張しない川勝発言を突かれると、石川部長が「『静岡の水』は、静岡県のものだという所有権を主張しないということだ」とわけのわからない珍答弁をしている。
静岡県の所有権を主張しないならば、何のための対話なのか全く理解できない。
結局、JR東海の南アルプストンネル工事静岡工区の着工を認めることはなく、リニア妨害を続けていく方便だけがわかるのだ。
「静岡経済新聞」編集長。1954年静岡県生まれ。1978年早稲田大学政治経済学部卒業後、静岡新聞社入社。政治部、文化部記者などを経て、2008年退社。現在、久能山東照宮博物館副館長、雑誌『静岡人』編集長。著作に『静岡県で大往生しよう』(静岡新聞社)、『家康、真骨頂、狸おやじのすすめ』(平凡社)などがある。