資材置き場の一角にあるケバブ屋
資材置き場の一角にあるという、朝5時開店のケバブ屋を僕はめざしていた。仕事をはじめる前に、解体業者たちがそこで一服するのだろう。可能であれば、クルド人解体工に話しを聞いてみたいと思ったのだ。
鉄板に沿って、4トンぐらいのトラックが列をなして停まっていた。そのうちの一台の運転席に中東系の青年が座っているのが見えた。
「ケバブ屋はどこですか?」と日本語で話しかけるが、にわかには分からないようで、けげんな態度だ。
「ケバブサンド」とジェスチャーをつけて、伝え直すと、彼は表情を変えずに、進行方向を指さした。
数十メール先に、そのケバブ屋はあった。資材置き場のなかの飯場のような場所だ。ホットサンドを温めた状態にしておくことができるガラスケースや温かい紅茶が入ったステンレス製のポットなどが長いテーブルの上に置かれ、カウンターのようになっていた。
店員は2、3人いたと思う。その「カウンター」のなかにいて、さらに奥のコンテナ上の冷蔵庫から食材を取り出したり、調理をしたり、解体工たちにケバブサンドの受け渡しをしている。
「カウンター」の脇にはテーブルがあり、そこには、10代から60代かと思しき中東系の男たちが、タバコを吸ったり、ケバブサンドに舌鼓を打ったりしていた。店員が日本語で「いらっしゃいませ」と言ってくれなければ、そこが日本だとはとても信じられない。
「日本人ですけど大丈夫ですか?」と言うと、若い店員は「誰でも大歓迎です」とニコニコしながら言った。薄いパンのなかにトマト、チーズ、羊肉などが入っており大変美味。紅茶が無料なのもいい。
《ケバブサンドはとてもおいしかった》
(撮影:筆者)
「トルコのどこから来てるんですか?」
食べ終わり、「これトルコのケバブサンドですよね? すごく美味しかったです」と感想を伝えた。そして聞いてみた。その問いかけは、この取材で会ったトルコ系住民、全員に聞いている、何気ない質問であった。
「ところで、お兄さんたち、トルコのどこから来てるんですか?」
なお、同じ質問をしたときのこれまでの回答は、次のようなものだ。
「川口に来ているのは、ガジアンテプのいくつかの村からやって来ているクルド人です。私は店のオーナーを頼りにしてやってきました」
「姉が日本人と結婚しました。姉をひとりにしておくのはかわいそうなのでガジアンテプから家族みんなで日本にやってきたんです。私たちはクルド人です」
これらの回答に共通していたのは、
・クルド人であることを隠さなかったこと、
・知人や親類を頼って日本にやってきたこと、
・難民として認められるために必要な条件である、政治的な迫害について何も言わなかったこと、
というものだ。
つまりこういうことではないか。政治的難民ではないということを悪びれず自ら吐露していたのだと。
僕が質問した店員は、これまでの答えとはまるで違っていた。
それまでカウンターの向こうでニコニコしていた店員の顔が突然、殺意すら感じさせる怒気を含んだものに変わった。そして後ろにいる店員とクルド語らしい言葉で話し始めた――。
そして、1分ぐらいして、答えた。
「アンカラです」
仏頂面で答える彼に、僕は首を傾げた。アンカラというのはクルド人居住区からかけ離れたトルコの首都だったからだ。
彼にもう少し話を聞きたかったが、それは止めておいた。表情が明らかに怒気を含んでいる。しかも、多勢に無勢だ。考えすぎかもしれないが、身の危険を感じた僕は、解体工たちに話しを聞く前ではあったが、ただちに取材を諦め、その場を離れたのだった。