言葉だけの核抑止重視であってはならない|太田文雄

言葉だけの核抑止重視であってはならない|太田文雄

ロシアのウクライナ侵略を抑止できなかった主たる要因の一つは、バイデン米大統領が本来曖昧にしておくべき米軍事力使用の可能性について、昨年末にその選択肢を明確に排除したことである。


10月12日、米国の「国家安全保障戦略」が公表された。この中で新たに整理されて出てきたのが「統合抑止」の概念である。その内容は「ドメイン(領域)横断的な統合」「地域横断的な統合」「紛争範囲横断的な統合」「米政府横断的な統合」「同盟・パートナー国との統合」の五つである。

しかし、「統合抑止」の名に隠れて純粋な軍事力の役割を軽視することがあってはならない。

ロシアのウクライナ侵略を抑止できなかった主たる要因の一つは、バイデン米大統領が本来曖昧にしておくべき米軍事力使用の可能性について、昨年末にその選択肢を明確に排除したことである。

今回の国家安保戦略に微々たる記述しかない北朝鮮に関しても、非核化のための協議に同国を応じさせたのは、トランプ政権時代の「最大限の軍事的圧力」があったからである。

納得できぬ海上発射核巡航ミサイル断念

国家安保戦略は「軍の近代化と強化」と題した節の中で「核抑止は国家の最優先事項であり、統合抑止の基盤であり続ける」と記載している。

ところがバイデン政権は2023年度国防予算案で、2018年にトランプ政権が「核態勢見直し」の中で開発を決定した新型の海上発射核巡航ミサイル(SLCM-N)の開発予算を全面的に削除してしまった。

16日の中国共産党大会で習近平総書記が核戦力強化を示し、北朝鮮が「戦術核運用部隊の軍事訓練」と称するミサイル発射を連日のように行い、ロシアがウクライナ戦争で戦術核の使用をほのめかす中で、中露や北朝鮮の核を抑止できる切り札は米国のSLCM-Nである。それ故に、同盟国として日本の安全保障を考えればSLCM-Nの開発を取りやめたバイデン政権の拡大抑止意図に疑念を挟まざるを得ない。

米軍の現役軍人の中でも、マーク・ミリー統合参謀本部議長、チャールズ・リチャード戦略軍司令官、トッド・ウォルターズ欧州軍司令官らが、バイデン大統領のSLCM-N取りやめ決定に反対している。

台湾有事に統合抑止は機能するか?

1991年の湾岸戦争で米国は、同盟国でもないクウェートを助けるため、多国籍軍を編成してイラクに参戦した。今回のウクライナ戦争では、米国を中心とする北大西洋条約機構(NATO)はウクライナを助けるためにロシアと戦端を開いていない。両ケースとも軍事力による現状変更の試みであるにもかかわらず、米国の対応に差が出たのは、イラクが非核保有国で、ロシアは核保有国だからである。

米国の同盟国でない台湾に、核保有国である中国が侵攻した場合、バイデン大統領は軍事介入すると何度も言明しているが、SLCM-Nなしの「統合抑止」が機能するのかどうか注目したい。(2022.10.17国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパに君臨した屈指の名門当主が遂に声をあげた!もはや「ロシアの脱植民地化」が止まらない事態になりつつある。日本では報じられない「モスクワ植民地帝国」崩壊のシナリオ。


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

「交渉のプロ」トランプの政治を“専門家”もメディアも全く理解できていない。トランプの「株価暴落」「カマラ・クラッシュ」予言が的中!狂人を装うトランプの真意とは? そして、カマラ・ハリスの本当の恐ろしさを誰も伝えていない。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃(東京開催)|松木國俊

日米韓の慰安婦問題研究者が東京に大集合。日本国の名誉と共に東アジアの安全保障にかかわる極めて重大なテーマ、慰安婦問題の完全解決に至る道筋を多角的に明らかにする!シンポジウムの模様を登壇者の一人である松木國俊氏が完全レポート、一挙大公開。これを読めば慰安婦の真実が全て分かる!


最新の投稿


【今週のサンモニ】コメの生産性向上と輸入自由化を目指せ|藤原かずえ

【今週のサンモニ】コメの生産性向上と輸入自由化を目指せ|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


日本国は宗教に冷淡|上野景文(文明論考家)

日本国は宗教に冷淡|上野景文(文明論考家)

統一教会への解散命令で、政教分離のあり方に注目が集まっている。 日本の政教分離は、世界から見てどうなのか――。


From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

From Hope to Hostility: Conservative Party of Japan Faces Growing Backlash|Jason Morgan and Kenji Yoshida

Political conservatives in Japan have entered into a season of re-sorting.


【我慢の限界!】トラックの荷台で隊員を運ぶ、自衛隊の時代錯誤|小笠原理恵

【我慢の限界!】トラックの荷台で隊員を運ぶ、自衛隊の時代錯誤|小笠原理恵

米軍では最も高価で大切な装備は“軍人そのもの”だ。しかし、日本はどうであろうか。訓練や災害派遣で、自衛隊員たちは未だに荷物と一緒にトラックの荷台に乗せられている――。こんなことを一体、いつまで続けるつもりなのか。


【今週のサンモニ】「過激な平和主義者」の面目躍如、日本学術問題報道|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「過激な平和主義者」の面目躍如、日本学術問題報道|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。